ピックアップレジェンドサッカープレイヤー No.267

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    2024年04月28日 17:13 visibility192

八田 直樹(はった なおき)

国籍 日本

生年月日 1986/6/24

出身地 三重県伊勢市

身長/体重 185cm/76kg

ポジション GK

利き足 右

代表デビュー なし

主な出場大会 なし

 

プレースタイル

積極的に前に出る守備とJトップクラブのシューターとの距離の詰め方や至近距離でのシュートブロックを特長とするゴールキーパー。しかし、試合中にミスが多いのが課題である。

 

経歴 

兄の影響で小学校2年の時にサッカーを始める。小学校5年からGKとしてプレーするようになり、伊勢市立港中学校サッカー部に入部。中学校3年の時にはU-15日本代表に選出された。高校卒業後は地元三重県を離れてジュビロ磐田ユースに加入。1学年上の松井謙弥の存在により出場機会に恵まれなかったが、高校3年の時にはチームの守護神として日本クラブユースサッカー選手権(U-18)大会及び全日本ユースサッカー選手権(U-18)大会準優勝に貢献した。

 

高校卒業後はトップチームに昇格。昇格後3年間は出場機会に恵まれなかったが、2008年にJリーグデビューを飾ると、その後は松井謙弥の移籍や川口能活の負傷などもあり、徐々に出場機会を増やし、2012年にはJ1自己最多となるリーグ戦32試合に出場。2013年には元日本代表GK川口能活からポジションを奪うなどリーグ戦13試合に出場したが、クラブはJ2降格を喫した。

 

2014年には序盤はガンバ大阪から移籍した藤ヶ谷陽介にスタメンを譲っていたが、藤ヶ谷のミスが目立っていたため、第8節から定位置に就くなど同年のリーグ戦35試合に出場。しかし、チームは後半戦で失速するにつれて自身もミスが目立ち、J2リーグ4位にとどまり、また昇格プレーオフでも1回戦で6位の山形に敗れJ1復帰も逃した。2015年には新加入のカミンスキーにスタメンの座を譲り、公式戦3試合の出場にとどまったが、第2GKながらチームを裏で支え、チームのJ1昇格に貢献した。2016年にはカミンスキーの負傷離脱の穴を埋めるなどリーグ戦4試合に出場した。

 

2017年以降は出場機会が減少し、2018年には第2GKには三浦龍輝とベンチ入りする機会も減少。2019年になっても立場は変わらなかったが、チーム状況やカミンスキーのコンディション低下により、9月に行われたJ1第27節の大分戦でフェルナンド・フベロ監督からスタメンに抜擢された。その試合で安定したパフォーマンスを見せて、最終節までゴールマウスを守ったが、クラブはJ2降格を喫した。

 

前年の降格により、J2で戦うことになった2020年シーズンはカミンスキーの退団もあって、シーズン序盤は正GKに定着。一時はJ1の横浜F・マリノスから加入した杉本大地にポジションを奪われることもあったが、最終的には奪い返し26試合に出場。2021年シーズンも開幕からレギュラーとして出場していたが、開幕5試合で3敗とチームの状況も上向かなかったことから、三浦にポジションを奪われてしまった。その後、チームも上位に進出したことから自身の出場数は激減。2023年11月に現役を引退することが発表された。

 

2024年にはジュビロ磐田U-18のGKコーチに就任した。

 

代表記録:なし

 

皆さん、こんにちは!

鳥栖は柏と1-1で引き分けて残念ながらリーグ戦連勝ならず・・・。

福岡も4試合連続引き分けと勝ちきれず。引き分けは良く言えば勝ち点1を得ることができますが、悪く言えばぬるま湯につかったような状態で危機感を感じにくい結果ですので、次のリーグ戦こそは勝利してほしいと思います!

 

さて今回は引退選手の紹介でユース時代も含めて22年間磐田一筋でプレーしたゴールキーパーの八田直樹氏です!

 

八田氏はほとんどのシーズンは川口能活など代表GKの存在もあって、第2GKとして過ごしていましたが、それでもチームとしての役割を全うしたからこそ長年チームを支える存在になったかもしれません!

 

試合中にミスが多く、代表にも選ばれることはありませんでしたが、長年在籍してリーグ戦通算155試合に出場したのはお見事です!

 

ぜひその経験を活かしてジュビロ磐田U-18のGKコーチとして将来の磐田の守護神を育ててほしいと思います!

 

頑張れ!八田!

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