松本山雅FCの詳細情報

正式名称松本山雅FC
所属リーグJ1
国・ホームタウンアジア 日本 長野 長野県松本市
サポーター数サポーター: 83
コミュニティ登録者:106
ホームスタジアム

最新の試合結果

J1 第2ステージ第17節
2015/11/22(日) 13:30

次の試合予定

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松本山雅FCの詳細情報・プロフィール

競技サッカー
ニックネーム、通称
ホームスタジアム
法人名・運営母体
代表者
住所長野県松本市浅間温泉2-12-12
電話番号・FAXTEL: 0263-46-9500
FAX:
公式ホームページhttp://alwin.org/index.php
クラブカラー
ユニフォーム
マスコット
設立年月日
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クラブの概要・歴史

概要

  • 1965年に山雅サッカークラブとして設立された。愛称はターミガンズ。愛称は一般公募で選ばれており、英語で長野県の県鳥である「雷鳥」を意味する「ターミガンズ(Ptarmigans)」、略称は「ガンズ」である。ニュースなどでは「松本山雅」がよく用いられる。
  • 2004年からNPO法人「アルウィン・スポーツ・プロジェクト(略称・ASP)」がチームの運営を行っている。なお、2010年7月には、Jリーグ入りを見据えて運営母体の株式会社を設立し、2011年に移管されている。
  • ホームスタジアムは松本平広域公園総合球技場(通称:アルウィン)である。陸上トラックを持たないスクエアなフィールドを持つ専用球技場であり、またJリーグが要求するスタジアムスペックをほぼ満たしており、Jリーグ公式戦や国際Aマッチでの使用実績がある。
  • 2008年4月からのスタジアムDJは田中利彦(FM長野)。

歴史

  • 1965年:当時の国体県選抜メンバーを中心に山雅サッカークラブとして設立。
  • 1975年:北信越リーグ発足に伴いリーグ加入。以降一度も県リーグに降格することなく、2009年までの35シーズン連続で在籍し続けた。
  • 1985年:北信越リーグ初優勝。全国地域サッカーリーグ決勝大会(以下、地域決勝)に出場するも一次ラウンド敗退。
  • 2004年:地元有志によってチーム運営を行うNPO法人「アルウィン・スポーツ・プロジェクト」が発足。山雅サッカークラブを母体とし、アルウィンをホームグラウンドとしてJリーグ入りを目指すことを宣言した。この年から北信越リーグが2部制となったため、2部からのスタートとなった。
  • 2005年:監督に辛島啓珠が就任。北信越リーグ2部優勝、1部への昇格を果たす。
  • 2007年:北信越リーグ1部優勝。地域決勝一次ラウンド敗退。辛島監督辞任。
  • 2008年:吉澤英生監督就任。リーグ4位に終わる。全国社会人サッカー選手権大会(以下、全社)でも4位に終わり、全社枠での地域決勝出場権獲得も逃したと思われたが、出場辞退チームがあったため繰り上がりで地域決勝出場権獲得を獲得した。地域決勝一次ラウンド敗退。
  • 2009年:リーグ4位に終わるも、全社を優勝し、地域決勝の出場権を獲得。地域決勝優勝。JFL昇格を果たす。また、この年出場した天皇杯では、2回戦で浦和レッズに勝利し、所謂「ジャイアントキリング」を達成した。
  • 2010年:初参戦したJFLでは前半戦こそ苦戦を強いられたものの、後半戦で巻き返し終盤までJリーグ昇格圏(4位以内)を伺う戦いを繰り広げ、大いにリーグを盛り上げた(最終順位は7位)。
  • 2011年:JFL優勝・J2昇格を至上命題として元日本代表の松田直樹を獲得するなどの補強を図ったが、やはり前半は苦戦し6月に吉澤監督を解任、さらに8月に松田が練習中に心筋梗塞で急死するなどの不幸に見舞われたが、最終的にJリーグ昇格圏の4位に入り12月12日のJリーグ臨時理事会で正式にJリーグへの入会が承認された。天皇杯では横浜FC、新潟を撃破し、4回戦では松田の古巣横浜FMと対戦した(結果は0-4)。

チーム名の由来

山雅の名称は、当時松本駅前にあった選手いきつけの喫茶店の名前から付けられた。

チーム成績・歴代監督

  • 2005年~2007年:辛島啓珠
  • 2008年~2011年6月:吉澤英生
  • 2011年6月~12月:加藤善之
  • 2012年~現在:反町康治

獲得タイトル

国内タイトル

  • 天皇杯全日本サッカー選手権大会 5回出場(1997、2006、2008、2009、2010、2011年)
  • 全国社会人サッカー選手権大会  優勝1回(2009年)/4回出場(1984、2007、2008、2009年)
  • 全国地域サッカーリーグ決勝大会 優勝1回(2009年)/4回出場(1985、2007、2008、2009年)

海外タイトル

個人タイトル

チーム記録

チームの特徴

チームの特徴

スポンサー

  • 胸:エプソン販売
  • 背番号:長野銀行
  • 袖:キッセイ薬品工業
  • パンツ:信濃毎日新聞

マスコット

  • ガンズ君
    • 雷鳥をモチーフにしたキャラクター。2005年誕生。当初名前が無く、サポーターが仮称として呼んでいるうちに、正式名称となった。2012年7月立体化。

チームのエピソード

サポーターの特徴

サポーターの特徴

コアサポーター集団は、2003年から活動を開始した『ULTRAS MATSUMOTO(ウルトラス松本)』(略称:UM。以下『UM』と表示)。試合によって変動はあるが、概ね30人~50人程度が『常連メンバー』である。

UMは非会員制の『集団』であり、『非組織な個人の集合体』として活動している。メンバーとしての唯一の定義は『松本山雅FCを応援したいと思っている事』である、とホームページでは紹介されている。

結成時からチャントのオリジナリティーには定評があり、可能な限り『他所に無いオリジナル』を創出する様に務めている。リズムセクションは膜鳴楽器が中心で、2005年まではフロアタムのみだったが2006年以降はスネアドラムやスルド、アゴゴベル等の様々な楽器を用いた多彩なリズムを奏でる応援となっている。

また、コアサポーターとは別に、2010年7月には山雅クラブOBによる「山雅会」が発足し、8月には安曇野支部が発足している。

著名人のサポーター

  • 松本出身のミクスチャーバンドである『ASIAN2』が、2010年のJFLホーム開幕戦でアルウィンのピッチに降臨してイベント演奏を実施した。彼らはこれ以降、公式戦の度にサポーターとしてホーム、アウェイを問わずスタジアムに現れている(バンドとしての彼らは、2011年6月をもって惜しまれつつも解散。しかし公式HP上で『あくまでまたその日が来たら、活動をしようと言う、前向きな解散です。』と明言している)。
  • イチローのモノマネをするパフォーマー『ニッチロー』(長野県出身)もサポーターである。2012年のJ2開幕戦の味の素スタジアムにシアトル・マリナーズのユニフォームに山雅のタオルマフラーという出で立ちで現れ、クラブスタッフにファンであることが確認され第9節千葉戦に招待を受けた。試合前のパフォーマンス後、背番号51の山雅レプリカユニフォームを身にまといゴール裏でサポーターとともに応援した。また、第35節の鳥取戦にも現れ、再びゴール裏で応援した。また、このときイチローがニューヨーク・ヤンキースに移籍し背番号が変わったことに伴い、サポーターから背番号31のユニフォームを贈られた。
  • 文化放送アナウンサーの鈴木純子もサポーターであることを公言している。

サポーターのエピソード

2003年、自ら山雅のサポーターを宣言した1人の青年が思い描いた『いつか自分達の応援するクラブが戦うアルウィンのスタンドを、満員の観客が埋め尽くす日が来る。』というヴィジョン。それに共感し集まった人々は『UM』というサポーター活動の軸を創り出し、さらに県内各地でUMと共にクラブを支えるサポーター集団(2008年に上下伊那地域で『松本山雅 南信ペーニャ』が、2010年には諏訪地域で『諏訪雷跳の会』、関東地方在住サポーターによる『UM est』)が組織された。発展途上にあるクラブ同様、サポーターも現在進行形で発展途上にある事を示すエピソードである。

スタジアムとホームタウン

ホームスタジアム

長野県松本平広域公園総合球技場(通称:アルウィン、20,396人収容)

ホームタウン

長野県松本市、安曇野市、山形村、塩尻市

ダービーマッチ

AC長野パルセイロとの対戦は「信州ダービー」と呼ばれ、両チームを追ったドキュメント映画『クラシコ』が製作され、2010年3月に公開された。

ユニフォーム

ホーム:緑 アウェイ:白

サプライヤー:adidas(アディダス)

下部組織

  • 松本山雅ユースアカデミー (U-18,U-15,U-12, スクール)
  • 松本山雅FCマスターズ (O-40)

関連情報