中村俊輔 ( Shunsuke Nakamura )

名前中村俊輔 (Shunsuke Nakamura)
国籍・出身日本 神奈川 
生年月日1978/06/24 (38歳)
所属チーム横浜F・マリノス
ポジションMF

中村俊輔の詳細情報・プロフィール

競技サッカー
ニックネーム、通称シュンスケ, Naka
身長・体重身長: 178.0 cm / 体重: 73.0 kg

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経歴

1978年6月24日生まれ 神奈川県横浜市出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。

2000年JリーグMVP(日本人選手最年少の22歳)、アジアカップ2004MVP、2005FIFAコンフェデレーションズカップベストイレブン、2006-07スコティッシュ・プレミアリーグMVPなどを受賞している。

学生時代

深園FCに入団しサッカーを始める。市立深谷中学時代、日産(現横浜F・マリノス)のジュニアユースに所属し、エースとして全国優勝を果たすもユースへ昇格が出来ず、桐光学園高等学校に進学しサッカー部に所属。高校2年の全国高校サッカー選手権で頭角を現し、高校3年の全国高校サッカー選手権で準優勝を収めた。またアジアユースにも唯一の高校サッカー部からの選出選手として出場。

Jリーグ時代

1997年、横浜マリノスに入団。徐々に力を発揮しクラブの主力選手に成長。同年のワールドユースに出場し、1998年初頭にはA代表合宿に初参加する。2000年、U-23代表の主力としてシドニーオリンピックに出場。同年、日本人選手最年少でJリーグ最優秀選手賞(MVP)を受賞し、A代表にも初招集され、アジアカップでは優勝とベストイレブンを受賞、日本代表選手として定着した。

セリエA・レッジーナ移籍

2002年5月、日韓ワールドカップ本大会メンバーへの召集が有力視されていたが、代表合宿で痛めていた足首のケガが長引いたことや、当時の日本代表監督であったトルシエの選考基準に合致しなかったことなどで落選した。スペインの名門、レアルマドリードからもオファーがあったがこの「代表落選」が理由でレアル・マドリードは手を引いた。ケガが癒えた直後の同年7月、イタリアのセリエAのレッジーナに移籍。レギュラーを確保しセットプレーのキッカーを任され、7得点をあげてセリエA残留に貢献した。

2003年6月のコンフェデレーションズカップフランス大会で、3得点をあげ『ブロンズシュー賞』を受賞。2003シーズンは出来うる限り代表戦に出場したがコンディションを崩してしまったこと故障を繰り返したことが響いてリーグ戦出場は激減した。

2004年2月、横浜マリノス時代のチームメート奥大介の夫人・佐伯日菜子の紹介で知り合ったタレント経験のある元ペットショップ店員と結婚。同年7月、8月に行われたアジアカップ中国大会では、最優秀選手に選ばれた。

セリエA3年目となる2004-05シーズンは、終盤数戦こそ恥骨炎や膝の負傷などで途中出場があったがほぼ先発出場し、クラブ創設以来の最高順位に貢献。2005年6月、コンフェデレーションズカップドイツ大会で、1得点2アシストをあげベストイレブンに選出。セルティックの監督、ストラカンにプレーを高く評価されセルティックに移籍することとなった。

セルティック移籍

2005年7月、スコットランドの名門チームであるスコティッシュ・プレミアリーグのセルティックFCへ移籍。移籍初年度からリーグ優勝と国内カップ戦優勝の2冠を獲得した。

2006年4月、フットボールスクール『Shunsuke Park Soccer School』を出身地横浜に開校。 6月、ドイツワールドカップに選出され、グループリーグ全3試合にフル出場。第1戦のオーストラリア戦ではクロスボールが直接得点となった。9月、2006-07シーズンのUEFAチャンピオンズリーグに初出場。グループリーグ第1戦、オールドトラフォードで開催されたマンチェスター・ユナイテッド戦でフリーキックによる得点をあげ、UEFAチャンピオンズカップからUEFAチャンピオンズリーグに改編されてからの日本人初得点者となった。続く対マンチェスター・ユナイテッド戦でも得点、決勝トーナメント進出を果たす。これはセルティックにとって現行の大会となって初、日本人選手としても奥寺康彦以来28年ぶりの快挙である。

2007年3月24日、キリンチャレンジカップ・ペルー戦において、オシムジャパン発足以来の初選出。2アシストで勝利に貢献した。4月、セルティックのリーグ戦連覇が決まり、日本人で初めて欧州リーグで連覇を経験した選手となった。 2006-07シーズンではリーグトップの12アシストを挙げ、スコットランドPFA年間最優秀選手賞とスコティッシュ・プレミアリーグベストイレブン、スコットランド・サッカー記者協会年間最優秀選手賞を受賞、年間ベストゴール賞も獲得した。

プレースタイル

2列目から攻撃を組み立てることを好み、巧みなフェイントと正確なボールコントロールでボールをキープし、精度の高いロングパスを前線に供給し、ゲームを創る。また、左足の能力はきわめて高く、プレースキックの名手であり、卓越した技術による、けった後に右足首を大きくひねる独特のフォームから蹴りだされ、鋭く曲がるボール、急激に落ちるボールなど多彩な球種を蹴り分け、こぼれ玉に味方を詰めさせることを目的としたキックや、ゴールまで30m前後の位置から直接得点する能力も高い。

エピソード

小学校時代からリフティングは1000回できた。

所属クラブ

ユース

・1985 - 1991    深園FC

・1991 - 1994   日産FCジュニアユース

・1994 - 1997   桐光学園高校

プロ

・1997 - 2002.7   横浜マリノス(現・横浜F・マリノス)

・2002.8 - 2005.7  レッジーナ(イタリア・セリエA)

・2005.8 - 2009.6  セルティック(スコットランド・スコティッシュ・プレミアリーグ)

・2009.6 - 2010.2  エスパニョール

・2010.2 - 現在   横浜F・マリノス

個人成績

出場大会

出場大会など(代表、ユース代表なども含む)

・1996年 AFCユース選手権韓国大会(ベスト4)

・1997年 FIFAワールドユースマレーシア大会(ベスト8)

・2000年 シドニーオリンピック(ベスト8)

・2000年 アジアカップレバノン大会(優勝)

・2003年 コンフェデレーションズカップフランス大会(グループリーグ敗退)

・2004年 アジアカップ中国大会(優勝)

・2005年 コンフェデレーションズカップドイツ大会(グループリーグ敗退)

・2006年 ワールドカップドイツ大会(グループリーグ敗退)

・2007年 アジアカップ2007(ベスト4)

代表歴

代表デビュー 2000/2/13vsシンガポール

試合数

国際Aマッチ 73試合 20得点(2000年 ~ )

関連情報