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これまでの歩みを振り返る【幼少期〜アルテ高崎入団】|田代主水オフィシャルブログ by LaBOLA

これまでの歩みを振り返る【幼少期〜アルテ高崎入団】

2019/10/29 19:145

どーも。

 

田代主水です。

 

ご存知の方もいると思いますが、先週の木曜日からクラウドファンディングに挑戦しています。

6日目の今日の時点で達成率が50%、計126000円のご支援を頂いてます。

 

ありがとうございます!

 

クラウドファンディングページはこちら→https://camp-fire.jp/projects/view/192943

 

怪我から復帰する為のリハビリ中なので、自分のこれまでの歩みを振り返ってみます。

 

【幼少期〜アルテ高崎入団】

 

本格的にサッカーを始めたのは小学生から。

学年が2つ上の兄も所属していた『入間高倉イレブン』に入団。

活動日は土日だけのチームだったけど、熱く楽しくサッカーにのめり込んだ。

 

中学は隣町の『狭山ジュニアユース』へ。

そのチームに行った動機は、高倉イレブンで一緒だった憧れの先輩がそこにいたから。

そんな軽い気持ちで入ったチームは埼玉県で1番強く、3年間まともに試合に出場させてもらえなかった。

 

高校は『埼玉栄高校』へ。

3年生の時には副キャプテンになったけど、試合では『スーパーサブ』。

聞こえはいいけど、絶対的な存在じゃなかった。

 

その後はアルゼンチンへ1度目の留学。

当時4部リーグだった『CAバラカスセントラル』のユースチームに入って、毎日死ぬ気でサッカーと向き合った。

年末に帰国してトレーニングしている時に『右足第5中足骨』を骨折。

手術、リハビリを経てもう一度アルゼンチンに行く為にとんかつ屋と居酒屋で毎日アルバイト。

19歳から20歳になる1年間は、怪我とアルバイトでサッカーは出来なかった。

それでもこの期間に得た経験は自分の人生にとって凄く大切な物になった。

 

翌年の1月に再びアルゼンチンへ。

当時5部リーグの『CAイトゥサインゴー』でシーズン終了の6月まで練習参加。

その後は日本でプロになる為に帰国。

何のコネも無い自分が簡単に契約できるはずも無く、結局その年の終わりまではまたアルバイト生活。

ごみ収集のアルバイトをしながら、知り合いのいる社会人チームでトレーニングさせてもらい半年間を過ごした。

 

翌年1月に当時JFLで戦っていた『アルテ高崎』のテストを受けて、アマチュア契約だったけど『サッカー選手』としてのスタートを切ることが出来た。

 

 

 

簡単にですが、幼少期からサッカー選手になるまでを振り返ってみました。

色々と思い出して、懐かしい気持ちになりました。

 

次回はアルテ高崎での3年間について振り返ってみようと思います。

 

最後まで読んで頂きありがとうございます!

 

chicalita

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