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田代主水オフィシャルブログ by LaBOLA

  • これまでの歩みを振り返る【奈良クラブ】

    2019/11/11 11:096

    こんにちわ!

     

    田代主水です!

     

    今回もこれまでの歩みを振り返るシリーズです。

     

    それではどーぞ!

     

    【奈良クラブ】

     

    アルテ高崎が経営難で解散になった後、アルテ高崎で1年間一緒にプレーした後に奈良クラブへ移籍した先輩に電話した。

     

    色々相談していると

     

    『奈良クラブのテスト来たらええやん』

     

    と言われテストに参加する事に決めた。

     

    1日目のテストは雪の中行われ、2日目のテストの休憩中に当時GMだった矢部次郎さんに呼ばれ

     

    『そのテンションで1年間やれる?』

     

    と聞かれて

     

    『やれます!』

     

    と即答した。

     

    テストが終わって昼食を食べている時に矢部さんから電話を頂いて、正式にチームに入る事になった。

     

    相談していた先輩は前年度で引退してしまったので一緒にプレーする事は出来なかったけど、新しい仲間達と共に素晴らしい2年間を過ごす事が出来た。

     

    リーグ戦、カップ戦、天皇杯、国体。

     

    スタメン、途中出場、ベンチ、メンバー外。

     

    シーズン途中の監督交代。

     

    常に出続ける事は出来なかったけど色々と経験させて貰った事で、全てにおいて成長する事が出来た。

     

    チームはJFL昇格を目指して戦ったけど、関西リーグで優勝する事は出来ず、地域決勝大会にも出場出来なかった。

     

    奈良クラブでも朝練習をしてから午後は地域のサッカースクールやチームスポンサーの飲食店で働かせてもらった。

     

    2年目からは奈良クラブのスクールとジュニアユースのコーチもやらせて頂いて、とても良い経験をさせてもらった。

     

    2年目の終わりに来シーズンの事について矢部さんと面談をした際に言われたのは、プレーには満足して無いけど、スクールやジュニアユースでのコーチとして評価しているという事だった。

     

    『チカラはどうしたい?』

     

    と聞かれたので

     

    『辞めます』

     

    と即答した。

     

    選手として評価されていない以上、ここには居れないと思った。

     

    移籍先を求めて新しいチームのテストに行った際に膝の内側側副靱帯を負傷。

     

    矢部さんに頭を下げて奈良クラブで練習生としてリハビリをさせて貰った。

     

    ある程度プレー出来る状態になって、1週間練習参加させて貰ったけど、チームに戻る事は出来なかった。

     

    その後、奈良クラブで一緒にプレーした先輩から連絡をもらい、関西リーグ開幕前にバンディオンセ加古川へ移籍した。

     

     

     

    簡単にですが、奈良クラブでの2年間+αを振り返ってみました。

     

    その当時は努力してるつもりだったけど、今考えれば全然足らなかった。

     

    評価されなくて当然の選手だった。

     

    今そうやって振り返れる事が成長してる証拠。

     

    悔しい事の方が多かったけど、最高に楽しい2年間でした!

     

    次回はバンディオンセ加古川〜京都紫光クラブを振り返ろうと思います!

     

    最後まで読んで頂きありがとうございました!

     

    chicalita

  • これまでの歩みを振り返る【アルテ高崎】

    2019/11/04 20:525

    こんばんわ!

     

    田代主水です。

     

    前回のブログに引き続き、これまでの歩みを振り返ってみます。

     

    それではどーぞ!

     

    【アルテ高崎】

     

    2009年、21歳の時にアルテ高崎に入団。

    J1、J2の下(当時はJ3はまだ無かった)のJFLで2年連続最下位争いをしてきたチーム。

     

    1年目は、午前中に練習、午後から居酒屋で働いた。

    JFLとはいえ、当時の僕にとっては周りのレベルは高く、試合には全く絡めなかった。

     

    生活にも慣れてきて、コンディションも上がってきた頃に、練習試合で後ろから足首にスライディングを食らって負傷。

     

    『左足首脱臼骨折』で即入院からの2度目の手術。

     

    1年目が終わって登録抹消。

    2年目はリハビリしながら練習生としてアルテ高崎に残った。

     

    2年目からは居酒屋での仕事を続けながら、チームの先輩の紹介で少年サッカーのコーチもやらせてもらえる様になった。

     

    5月ぐらいから練習に復帰して、夏の移籍期間に再契約。

    チームに復帰はしたけど、試合には絡めないまま2年目も終わった。

     

    3年目に入っても、前期はなかなかチャンスが回ってこなかった。

     

    そんな状況の中、練習で良いプレーを続けていたら7月に初めてのメンバー入り。

     

    0-1で負けてる状況の後半ロスタイムに初出場。

    コーナーキックからヘディングで同点ゴールを決めて最高のデビュー戦になった。

     

    その後は数試合使ってもらえたけど、膝の内側側副靱帯を痛めて離脱。

     

    復帰した後は試合に絡めずシーズン終了。

     

    4年目もアルテ高崎で戦うつもりで準備をしていた2012年1月13日。

     

    経営難でJFLからの脱退が発表された。

     

    最初は海外に行こうと思ったけど、日本でチームを探す事に決めて色々な先輩に連絡をとった。

     

    何チームかのセレクションや練習参加を経て、当時関西リーグで戦っていた『奈良クラブ』でプレーする事になった。

     

     

     

     

    簡単にですが、アルテ高崎での3年間を振り返ってみました。

     

    ちょっと簡単過ぎたかもしれませんが、思い出したら話が止まらなくなりそうなのでこんな感じで。笑

     

    次回は奈良クラブでの2年間を振り返ってみようと思います。

     

    最後まで読んで頂きありがとうございました!

     

    chicalita

  • これまでの歩みを振り返る【幼少期〜アルテ高崎入団】

    2019/10/29 19:148

    どーも。

     

    田代主水です。

     

    ご存知の方もいると思いますが、先週の木曜日からクラウドファンディングに挑戦しています。

    6日目の今日の時点で達成率が50%、計126000円のご支援を頂いてます。

     

    ありがとうございます!

     

    クラウドファンディングページはこちら→https://camp-fire.jp/projects/view/192943

     

    怪我から復帰する為のリハビリ中なので、自分のこれまでの歩みを振り返ってみます。

     

    【幼少期〜アルテ高崎入団】

     

    本格的にサッカーを始めたのは小学生から。

    学年が2つ上の兄も所属していた『入間高倉イレブン』に入団。

    活動日は土日だけのチームだったけど、熱く楽しくサッカーにのめり込んだ。

     

    中学は隣町の『狭山ジュニアユース』へ。

    そのチームに行った動機は、高倉イレブンで一緒だった憧れの先輩がそこにいたから。

    そんな軽い気持ちで入ったチームは埼玉県で1番強く、3年間まともに試合に出場させてもらえなかった。

     

    高校は『埼玉栄高校』へ。

    3年生の時には副キャプテンになったけど、試合では『スーパーサブ』。

    聞こえはいいけど、絶対的な存在じゃなかった。

     

    その後はアルゼンチンへ1度目の留学。

    当時4部リーグだった『CAバラカスセントラル』のユースチームに入って、毎日死ぬ気でサッカーと向き合った。

    年末に帰国してトレーニングしている時に『右足第5中足骨』を骨折。

    手術、リハビリを経てもう一度アルゼンチンに行く為にとんかつ屋と居酒屋で毎日アルバイト。

    19歳から20歳になる1年間は、怪我とアルバイトでサッカーは出来なかった。

    それでもこの期間に得た経験は自分の人生にとって凄く大切な物になった。

     

    翌年の1月に再びアルゼンチンへ。

    当時5部リーグの『CAイトゥサインゴー』でシーズン終了の6月まで練習参加。

    その後は日本でプロになる為に帰国。

    何のコネも無い自分が簡単に契約できるはずも無く、結局その年の終わりまではまたアルバイト生活。

    ごみ収集のアルバイトをしながら、知り合いのいる社会人チームでトレーニングさせてもらい半年間を過ごした。

     

    翌年1月に当時JFLで戦っていた『アルテ高崎』のテストを受けて、アマチュア契約だったけど『サッカー選手』としてのスタートを切ることが出来た。

     

     

     

    簡単にですが、幼少期からサッカー選手になるまでを振り返ってみました。

    色々と思い出して、懐かしい気持ちになりました。

     

    次回はアルテ高崎での3年間について振り返ってみようと思います。

     

    最後まで読んで頂きありがとうございます!

     

    chicalita

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