import_contacts 「武士と野球」に関するブログ
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「将軍家の野球とは何なのか? 手加減してもらわぬと勝てない軍隊というのはおかしい。でも、どうすれば皆が力を合わせることが出来るのか、予には思案が浮かばず、思い余って楔を打ち込もうと決意したのじゃ。……練習試合のこの機会に一度負けた方がいい、そのほうが皆、考え直して力をあわせ、本戦には励んでくれるのではないかと……」光忠からの非難ともとれる発言。黙り込む者も、憮然となる者もいる。「さよう。そのように...
|15年前 -
なんとも泥臭い将軍家のサヨナラ勝ちである。 将軍家の幕内から戦士達が飛び出して、山本を助け起こしてはもみくちゃに抱きしめ、叫び、走り回る。 客席にいた観衆はその様子を呆気に取られてみていた。「なんだったのだ? この試合は……」「将軍家にふさわしからぬはしゃぎようではないか。みっともない」「いや、江戸でこのように緊迫した試合を観るのは久方ぶりじゃ。練習試合とは思えぬ気迫であった」「大きな声では言えぬ...
|15年前 -
山本は本丸を見てはいなかった。その血走った瞳は紀州捕手の目だけを見ていた。 歯を食いしばり、山本は捕手の体にぶつかっていった。「たとえ体が壊れてもこの本丸は死守してみせる!」 とっさに捕手は体で本丸を隠すように座り込んで衝突に耐えようとした。 だが……。 関口新心流は合気、相手の勢いを利用して優勢を取る。普段ならばタッチした後に衝突を利用して己の体を逃がす。だが、山本の気迫に呑まれたために、彼の体...
|15年前 -
試合は再開された。 九回裏、無死満塁。サヨナラする絶好の状況。 一球、二球と渾身の力で腕を降り、すさまじいキレの変化球が投じられる。カウントは2−0。 打ってみろといわんばかりじゃ……。 内野は前進守備、本丸を死守の備え。 空振りは取れたらもうけもの、ともかく凡打させるつもりじゃ。となれば遊び球はなかろう。 三球目。 確かに遊び球ではなかった。が、その勝負球は、いわばストライクからボールに変化する...
|15年前 -
「山本どのが? いや、しかし、山本どのは老練の士。失礼ながら俊敏さにて少々……」「左様。代走ならば、まだ柳生の若い者もいてござるぞ」「うん、でもワシならあの本丸のためにこの体どうなろうと、向後に差し支えはない。体全部で飛び込めるぞ。有望な戦力に、正木どののような怪我をされては困る。今日の試合、若君はどうやらこの軍の先の姿を見定めておられる。違うかな?」 馬庭念流は上野国馬庭の地で樋口家によって完成...
|15年前 -
「いつもなら山賀の大砲一発で試合は終わっていた場面を、零のままで済ませたのだ! これはまだまだ勝っていると考ていいのだ」 そう励ましあう紀州軍に対して、無死満塁の好機だというのに、将軍家の方が気圧されているようだった。「これが結束力の差か?」 かくいう光忠も怖さで膝が震えていた。「た、担架じゃ。正木を運べい」 久松の指示で運ばれてくる正木の担架に、光忠はすがりつく。「すまぬ、正木すまぬ。予のわがま...
|15年前 -
激しい気合いとともに、渾身の力を込めて投げ込まれた球をめがけ、山賀は一刀のもとに斬りおろした。迷い無く振り下ろされた木刀に、白球は弾き返される。「何?!」 そう叫んだのは山賀自身だった。「よし!」 そう叫んだのは紀州の捕手である。 投じられた球は内に切り込む変化球だったのだ。差し込まれた分だけ木刀の根元にあたってしまった。 それでも山賀は見事だった。 紀州軍にしてみれば狙い通りに転がさせたのだが、...
|15年前 -
「待った!」 紀州軍の捕手が主審に願い出て、投手のもとに駆け寄り、内野手を集めた。「もともと負けてやるつもりの稽古試合ではないか。落ち着け。ムキになることもなかろう」「いや、ここまできたら勝ちたい! わしは勝ちたい!」「ハッハッハ。無論、勝つ。しかし、そうカッカしては敵の術中にはまる。正木など気にするな。走りたければ走ればよいのじゃ。今日のおぬしの球、ここまで山賀の芯を外してきておる。球威は落ちて...
|15年前 -
暗がりにひっそりと控えていた正木は、ぬーっと音もなく立ち上がる。「なっ、貴様、走れるというのか? さては仮病であったか!」「うぬ、わしらを悪者にしたのか。卑怯な」ゆっくりと出丸へと向かう正木は、そんな雑音など聞こえていないかのように無表情。本当に脚は大丈夫なのだろうかと、柳生派の者どもは顔を不安げに見合わせる。「ほう? なにやら幕内から悲鳴がしたと思うたら正木が出てきよった。何があったのかのう」 ...
|15年前 -
これで一打サヨナラの可能性はぐっと大きくなった。 一死は覚悟していたのに、あろうことか無死である。仮に山賀が倒れてもサヨナラの可能性はまだまだ残る。 久松の采配で、圧倒的に有利な状況を生み出せたわけだ。不安で押しつぶされそうだった久松はこぶしを何度も握りなおして、「よし! よし!」 と己に言い聞かせる。 そんな指揮官の気合を、幕内の戦士たちは困惑げに見ていた。 が、長松丸光忠は、その気迫に胸がざわ...
|15年前 -
普段なら何も考えずにいても、こうした好機には打ちごろの球が来る。それをいかに堂々と打ち、魅了出来るかが戦士たちの腕の見せどころ。 だが今日は違う。 久松は貧乏ゆすりしながら必死に知恵を絞った。記憶の片隅で埃を被っている戦略知識を探しまわった。「む、む。うぬ。えい、くそ」 狙って犠打など打たせたことはない。だが、やるしかない。「長峰!」 打席に入りかけた三番打者を呼び戻して耳打ちする。そう、将軍家の...
|15年前 -
戦装束を茶色く染めた紀州軍が戦場に走りでて陣形を敷く。全速力で飛び出していく彼らに、観戦していた両家中が思わず拍手する。 空気は紀州軍の味方だった。空の青さも、風の匂いさえもが彼らを爽やかに演出した。 だが同じ客席にあっても、この状況に動揺した大旗本衆の一部が敵や久松に罵声を浴びせる。「久松は何をしておるのじゃ!」「御三家といえども、将軍家に対して失礼先晩であろう! わきまえよ! わきまえよ!」 ...
|15年前 -
試合はもつれた。 徳川軍の先発投手は無類のタフネス、北辰一刀流剣士の雨谷。一方の紀州徳川軍は名も無き戦士達が短いイニングを入れ替わり立ち替わり、とにかく全力でぶん投げてくる。 戦士個々は圧倒的な力の差を誇るにも関わらず、決死の紀州軍の前に将軍家は拙攻を繰り返した。 あまりに得点出来ず、久松をはじめ、徳川軍の幕内は皆、焦りで浮き足だってきた。 マイペースに好投を続けていた雨谷も、さすがに9回を投げ終...
|15年前 -
その言葉に最も驚いたのは、徳川軍の戦士たちだった。自分たちが手加減されているなどとは、夢にも思っていない。「みっともない。頓狂な若君よ!」 そんなことを口にした光忠にジリジリとした。 慌てたのは久松である。「わ、若君、なんと仰せられました?」 光忠は自軍に向き直る。「手加減無用にと伝えたのじゃ。。山賀率いる小野派一刀流の剣士達、正木率いる柳生の戦士達、そして旗本になおってくれた、心強き志士達。天下...
|15年前 -
さて徳川軍のスケジュールだが、すぐ目前に練習試合が組まれていた。「ふうむ、主戦力を謹慎させておったら、確かに戦いにならぬ。若君はあれで意外と頭が良いぞ」 そんな風に言う者もいたが、光忠はそこまで考えたわけではない。ただ、「いがみ合いの根になっているのは何で、どう処理すれば今後は一丸となっていけるのか」 それが分からないまま誰かを処分して、更にいがみ合いの種を蒔くことになるのが嫌だったのだ。「しかし...
|15年前 -
「足労かけて済まぬ。予の方から出向こうとしたら、爺に止められてしもうた」「いつなりとお呼び下さいませ。我らは将軍家の目でございますれば」 柳生主膳は平伏している。「面を上げては貰えぬか? 実はこの長松、そちに詫びねばならぬことがあるゆえ、あまり畏まられては口に出しづらいのじゃ」「え?!」 主膳守は驚いて頓狂な声をたてた。「はて、恐れ多きことながら若君が主膳に詫びねばならぬわけなど、何も思い当たりま...
|15年前 -
「紅白試合なのじゃ、無理をして球を取りに行く方が悪い」「はっ、一刀流には手抜きが許されておるようじゃ。武士の風上にもおけぬ」「場面を見極めろというのだ!」「それは山賀どのにこそ言わっしゃれ。身内相手の紅白試合で脚を狙うなど、腹に含みがあってのことに相違あるまい!」「貴様らは一刀流に妬みを持つゆえそう思うのであろう。わしらにしてみれば、たかが柳生相手に何を含めと言うのか……」「たかが? たかが柳生と...
|15年前 -
紅白戦の最中のことである。 小野派が紅で柳生派が白と、それぞれに分かれるのが常であったし、その日もそうだった。紅組の指揮は久松。白組の指揮は形ばかりの光忠、実際は正木が動かす。 紅組の攻撃、一死で出丸には走者の山賀という場面。後続の打ち損じのような打球が内野を転がり、あわや併殺とみた山賀は、雄叫びを上げながら滑り込んだ。三の丸守備に入っていた正木の失投を誘わんがためである。 反射が肝の新陰流。避け...
|15年前 -
野球は国の誇り、郷土の愛を背負って家中の志士が闘うもの。だのになぜ、将軍家はこんなにも外様からの補強に走るのか。 光忠は、手っ取り早くスカウト業務にあたっている使番に答えを訊こうと思った。「申し訳ござりませぬ。使番の酒井様、只今は琉球を探っておられるよしにございまする。呼び鈴を鳴らしましたので、後ほどお電話いただけましょう」 呼び鈴とは、市中でポケットベルと呼称されている無線呼び出しのことである。...
|15年前 -
さて、そんな長松丸光忠は、持ち前の素直さゆえに大きな問題とぶつかった。 試合中に幕の中から戦場を見つめるだけならば、戦士達の豪快な闘いぶりに胸躍らせ、「あっぱれあっぱれ、予は満足じゃ」 と言ってとっとと帰れば済むのだ。 だがこれまでの名ばかり指揮官と違い、誠心誠意事にあたらねばならないと思いこんでいる光忠である。試合終了後も幕内に残り、声をかけるタイミングを計ってはためらい、結局、隅に寄って口をつ...
|15年前