☆夏の高校野球第1回大会出場校のその後は?








現在の夏の高校野球選手権大会の前身である全国中等学校優勝野球大会が初めて開催されたのは、大正4年(1915年)です。
記念すべき第1回大会に出場した代表校10校はすべて現存しております。また、この時の地区予選参加校は73校でした。


では、その10校をご紹介致します。





秋田中(現校名・秋田高校/秋田)・・・第1回大会の準優勝校。この時、深紅の優勝旗が白河を越えるのがこれ程困難とは誰も思わなかったでしょう。昭和4年夏と40年夏に4強進出。近年は初戦敗退が続き、平成以降は春夏7回出場もわずか1勝と苦戦している。



早稲田実業(現校名・早稲田実業/東京)・・・春夏通算の甲子園出場回数46回。昭和32年春にエース王貞治を擁して選抜優勝。昭和55年夏に1年生投手の荒木大輔で準優勝。平成18年夏には斎藤佑樹を擁して優勝。



山田中(現校名・宇治山田高校/三重)・・・第1回大会に出場 (初戦敗退) したのを最後にその後一度も甲子園に出場していない。平成4年夏の三重県大会で決勝進出したが、惜しくも三重高校に敗退し77年ぶりの復活を逃す。



京都二中(現校名・鳥羽高校/京都)・・・第1回大会優勝校。昭和23年の学制改革の際に廃校になったが“後身”の鳥羽 (昭和59年に再興) が平成12年のセンバツに出場、4強進出を果した。同年夏、翌13年春と3季連続出場。



神戸二中(現校名・兵庫高校/兵庫)・・・その後強豪ひしめく兵庫県の夏を勝ち抜くことは困難となったが、昭和23年春に甲子園初勝利をあげた。昭和41年春の出場を最後に甲子園から遠ざかっている。



和歌山中(現校名・桐蔭高校/和歌山)・・・夏は第1回から14年連続出場、春も第1回から11年連続出場。春夏通算35回出場の古豪の雄。大正10年、11年には連覇を達成。昭和2年にも春を制し、戦後は桐蔭に校名変更して準優勝2回があるが、昭和61年夏の出場が最後。



鳥取中(現校名・鳥取西高校/鳥取)・・・鳥取県下では甲子園最多出場、最多勝利を誇る強豪の雄。夏の出場は22回で、大正9年、13年、昭和4年に夏の甲子園で4強進出。最近では平成5年の春夏連続、平成17年の夏に出場。



広島中(現校名・広島国泰寺高校/広島)・・・第1回大会に出場 (初戦敗退) したのを最後にその後一度も甲子園に出場していない。広島商や広陵と強豪ひしめく広島県の頂点への道は険しい。



高松中(現校名・高松高校/香川)・・・大正15年夏、昭和3年夏に4強進出。昭和9年夏を最後に甲子園から永く遠ざかったが、平成16年の秋季香川大会で準優勝し、翌平成17年春のセンバツに21世紀枠で72年ぶりの出場を果した。



久留米商(現校名・久留米商/福岡)・・・第1回大会から40年以上甲子園から遠ざかっていたが、昭和32年春に4強、昭和37年夏には準優勝を果す。昭和58年夏に4強入りした後、60年夏の3回戦進出を最後に甲子園出場から遠ざかっている。


































































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