☆甲子園出場校放浪記 回想録~日本最古の旧制中学対抗試合~

 

 

 

『真説 日本野球史 明治編』(大和球士/著 ベースボールマガジン社 1977)によると、「正式の野球部を持つ中学校同士の対抗戦としては “最古の試合” 」として次のように記載がある。

宇都宮中学 対 水戸中学

明治29年10月17日 於宇都宮

 

また、『栃木県高等学校野球六十年史』(栃木県高等学校野球連盟/編 1980)には、試合会場及び結果について次のように記載がある。
会場 栃木県宇都宮旧城内広場(本丸)

「結果は31対15で水中が大勝」

 

お笑い界に例えると、U字工事 対 カミナリという事かしら?

 

 

宇都宮高校は1879年(明治12年)に栃木中學校として創立され、県内の旧制中学校を前身とする高校の中では最も長い歴史を有する男子校で、例年、東大合格者を十数名輩出している県内屈指の進学校である。敷地が広く、JR日光線が校庭を横切っている。
野球部は1896年(明治29年)に創部された県内最古の歴史を有する。
甲子園には甲子園球場で初開催された1924年(大正13年)夏の第10回大会に初出場し、栃木県勢としても初勝利を挙げ、栃木県高校野球史に輝かしい一頁を刻んだ。しかし、それ以降春夏通じて甲子園から遠ざかっている。

夏の予選には、県内では真岡中(真岡)に次いで、1919年(大正8年)第5回大会予選(関東大会)に初参加した。結果は、千葉師範に 6 - 10 で敗退となった。

夏の予選初勝利は、翌年の第6回大会予選(関東大会)で、千葉中(県千葉)に 6 - 2 で勝利した。

夏の予選通算成績は96勝99敗、優勝1回、準優勝1回である。

 

一方、水戸一高は水戸城本丸の跡地に所在し、1878年(明治11年)に茨城師範学校予備学科として設立された県内随一の歴史を有し、例年、東大合格者を十数名輩出している県内トップクラスの進学校である。

野球部の歴史も古く、1891年(明治24年)に創部された。これは、アタシが調査した限り全国で7番目に古い高校野球部である。「学生野球の父」と呼ばれた飛田穂洲は同校(水戸中)野球部のOBである。

甲子園には夏のみ3回出場し、通算成績は0勝3敗である。

夏の予選には、県内では竜ヶ崎中(竜ヶ崎一)、土浦中(土浦一)、茨城商(水戸商)、下妻中(下妻一)、茨城中(茨城)、太田中(太田一)に次いで、石岡農(石岡一)、水海道中(水海道一)とともに、1925年(大正14年)第11回大会予選(関東大会)に初参加した。結果は、銚子商に 3 - 4 と惜敗であった。

夏の予選初勝利は、翌年の第12回大会予選(関東大会)で、千葉中(県千葉)に 10 - 3 で勝利した。続く試合も、成田中(成田)に 9 - 0 で勝利し決勝に進出した。決勝では、千葉師範に惜しくも 7 - 8 で敗れた。

夏の予選通算成績は161勝91敗1分、優勝3回、準優勝2回である。

 

 

北関東の高校野球部の中で最も古い水戸一と2番目に古い宇都宮の甲子園復活に期待したい。

 

 

 

 

 

ひたち海浜公園ネモフィラ畑(2019年5月撮影) 

 

 

 

 

 

以上です。

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