BOFC代表日記 41日目

BOFC代表と名乗っていますが、
BOFCとは略称で、
正式名称は、BAGGINA大阪FCなんです。

ただ、大阪サッカー協会への登録は、
FCやSC以外の英語は認めらないとのことで、
バッジーナ大阪FCで登録しています。

バッジーナって何やねん?って思われる方もいるかもしれませんが、
イタリア語で、バッジオサポーターって意味です。

浪人中にも関わらず、旗揚げしたチームだったんですが、
創設当初は、名前が無かったんです。

Jリーグ開幕から2年経った1995年だったので、
チーム名には、都市名がいるなと思いつつ、FCもいれたいと思ってました。

で、浪人中は、通塾の電車の中で、
サッカーダイジェストを隅々まで読んでいました。
そこで、見つけた単語、バッジーナ、これや!って思いました(笑)

僕は、ホンマに、ロベルト・バッジオが大好きやったんです。
当時は、学生でお金もないし、今ほどサッカー情報もなかったんで、
逆に、思いは強くなったんかもしれません。

完全に、虜にされたのは、高校生の時に、後輩からビデオを借りて見た、
ユベントスvsACミランからです。
当時、世界最強だったミランを相手に、圧倒的な存在感を出してました。
メラー(ドイツ代表)とカウンターかまして、
バレージもチンチンにして、決めたゴールは圧巻でした。

今では、スカパーで、セリエAもナンボでも見れますが、
当時は、この1試合を何度も見ました。
時間もあったんやろうけど…ピュアでしたね(笑)

で、チーム名をバッジーナにして、無事に大学進学。
次に問題となったのは、ユニホームでした。
10番は、高校の時からつけてるメンバーもいたので、つけられない。
もちろん、自分が10番にふさわしくないこともわかってる。

悩んでいる間に、初の対外試合が決まってしまう…
メンバーが、通販で安いの見つけた、時間もないので、買うてまうでとのこと。
チーム初ユニは、サンパウロのホーム、しかも長袖。
10番希望のメンバーもいるので、高校の時の9番を着ることに。
番号込みで3,000円だったので、文句はありませんでした。
そうそう、その対外試合で、チーム初ゴールを決めたのは、僕です。

ユニと番号とチーム名のギャップに悩み続けることに…

当時のスパイクは、もちろん、ディアドラ。
ただ、バッジオモデルは足に合わなかったので、
ラインが白のんを泣く泣く買って、イエローに塗りたくってました。
それだけ、バッジオを敬愛しておりました(笑)

そしたら、代表でもデルピエロにポジションを取られたバッジオが代表復帰。
スーパーサッカーで、映像を見ると背中に18番。
これや!って思いました。

そうして、ユーロ96のイタリア代表が、チームの1stユニになったんです。
ミランに移籍して、サビチェビッチが先に10番をつけてたので、
2月18日生まれやから、18番をつけることに。
ミランが2ndユニになったのは、言うまでもありません。

チーム名を紹介したら、ダラダラと書いてしまいました。
珍しいチーム名ですが、
企業の名前を冠にしているチームの代表から、
バッチーナと記する無礼なメールを副代表が受けたことがあります。
あの時は、ホンマに腹が立ちました。

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