本当のお別れ (日生球場)

  • Mr.black
    2013年03月19日 13:50 visibility1990

かつて近鉄バッファローズの本拠地であり、大阪のアマ野球のメッカ的存在でもあった日生球場。1997年に閉鎖された後はマンションモデルルームやコインパーキングなど長い間中途半端な利用のままになっていました。

しかし先日、日本生命と東急不動産がスポーツジムを中核施設としたショッピングモールを建設することを発表しました。


球場閉鎖後、中途半端な利用だったと言いつつそのお蔭で球場の原型をかろうじて留めていた跡地。今回の開発によりついに野球場としての面影を完全に失ってしまうことになります。

そこで昨日は跡地を訪れてきました。文字通りこれが日生球場との完全なお別れになります。

 

 

正面の階段。写真奥が道路側。手前が球場側です。これは球場があった頃そのままの階段です。

 

 

階段を上がり切ったところ。写真右側が球場正面のフラットになったスペースで左のトラックの辺りから球場が建っていました。

 

 

1塁側スタンド(右)とライトスタンド(左)の切れ目。

 

 

ライトスタンド。小さなスタンドでした。

かつて近鉄にマニエル選手が入団した時にはHRボールがライト場外に出ないようにネットが高くされたというエピソードがあります。

 

 

1塁スタンド。よくここに座って観戦したものです。下の地面はかつてのグランド部分です。

 

 

バックネット裏。既に擁壁の一部が壊されているような・・・・・。

 

 

3塁側。後方には高速道路が見えています。本当に街中にあったというのがよく分かりますね。

 

 

ショート後方辺りから見たレフトスタンド。

スタンド後方には森ノ宮ピロティーホールが。これは球場があった頃から変わらず存在している音楽ホールです。アマチュアのコンサートなどで入ったことがあります。

 

 

ライト~右中間スタンド。

写真左奥の一段低くなった場所にはスコアボードがありました。

 

 

中学の部活時代、ブロック大会を勝ち抜いて日生球場でプレーするのが野球部員全員の夢でした。それは叶わなかったのですが、大人になってからこんな形でグランド面に立つことになるなんて・・・・・。


個人的に最も思い入れのある日生球場。これで本当にお別れです。

建設工事中の様子は見るにしのびないので、次にここに来るのは施設が完成してからになるでしょう。(2015年開業とのこと。)

 

 

 

帰りにはお隣の大阪城公園で桜を眺めました。

 

咲いた花はいつか散る。

建設された球場はいつかは消える。

でも花がまた咲くように新たな野球場は造られていきます。

それらを可能な限り回りたいし、大切にしたいものです。

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