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南海難波あたりを歩く~昭和の日


(往年の名選手を紹介するパネル。解説文は「昭和」の風景そのもの。たぶん写真撮影不可の表示はなかったはずだが…、)


最近体調が思わしくなく、今年のゴールデンウイークは遠征しないことにした。


さて今日は「昭和の日」。というわけで何か昭和らしいネタはないかいな、と考えていたところ、大阪難波の南海ホークスメモリアルギャラリーに行っていなかったことに思い当たり、出かけてみることにした。大型連休の初日、天気の良い昼下がりだ。


既にラボ友のMr.blackさん


http://labola.jp/diary/6429368


をはじめ日記を書いている方も多々いらっしゃるため重複する点もあるがご容赦いただきたい。


 


かつて大阪球場があった場所は再開発が完了し、なんばパークスという商業施設になっている。あるのは女性向けの服屋さんにレストランにシネマコンプレックス、という三点セットだが、どれもおじさんには縁遠くなってしまったものばかり。勢い、周りを歩いているのはカップルと女性ばかりとなる。


 


なんとかいう人がデザインした建物は曲面を多用してなるべく無機質さを感じさせないようなものになっている。9階建ての建物だが、上層階にいくにつれてフロア部分を小さくし、屋上が階段状になっている。段々畑のような…、とでもいえばイメージしてもらえるだろうか。屋上のオープンスペースには花壇や芝などがしつらえてあり、小さな草花の庭園といった趣だ。南海ホークスメモリアルギャラリーは最上階の9階フロア部分に設けられている。外壁には「大阪スタジアム」の年表が掲げられており、内部にはリーグ制覇のときのペナントや賞状、ユニフォームなどの展示や映像資料がある(これがけっこう長い)。ギャラリーの周りは全面ガラス張りのため、屋上庭園にいる人でも近くまで歩いてくると「おや、この場所はいったい何だろう?」とわかるようになっている(ささいなことのようだが気付いてもらうためにはこれは重要な仕掛けだと思う)。


 


正直言うと子供のころの私の記憶にある南海ホークスはとにかく弱かった。とにかくAクラス入りの記憶がないのだ。おかげであの緑のユニフォーム(特にビジター)もなんともカッコ悪く見えたものだ。ドカベン香川があの巨体で三塁コンバートに挑戦というニュースが友達の間で一時話題になったくらいである。やがて運命の日がやってきた。大阪球場の最終戦、当時僕らは中学生だった。なんば・大阪球場まで、家から自転車で30分も走れば着くところに住んでいた。なにせあの球場でガラガラのスタンドしか見たことのない世代。「ひょっとして並ぶことになるかもしれない」、だから学校が引けたらすぐ行こう、という話になった(ということは、土曜日だっただろうか?)。球場近くまで行ってみて驚いた。すごい人、どころかその時点で満員札止めになっていたのだ。やむを得ず家に戻った僕らはそれぞれ夜のニュースを見た。そこで南海ホークスの輝かしい、そして僕らにとっては知らない昔の歴史が流された。ギャラリーの年表を見返すと、大阪球場の最終戦は昭和63年。昭和64年は1月のわずかな期間しかなかったから、ホークスは言ってみれば、昭和とともに大阪を去ったのだった。


(杉浦監督のユニフォーム。大阪球場を埋めたファンに「行ってまいります」の惜別の言葉を残した。)
















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