困ったときのさいはてスタジアム

  • 仲本
    2018年05月20日 19:59 visibility449

(天保山岸壁。たまたま停泊していたのは護衛艦「かが」だそうだが、空と海が灰色なのでよく見えない)

 

大阪のベイエリア観光の軸である天保山とUSJのあたりを結ぶ公営の渡し舟に乗る。舞洲スタジアムは船着き場から歩いて50分である(苦笑)。もちろん桜島駅まで5分ほど歩いて舞洲行きのバスに乗ればそのほうが断然楽だが、意外にバスが来てくれない。雨上がりのこの日は寒気が入って比較的気温が低く、涼しい風が吹いている。橋を歩いて渡ることにした(よい子はマネしてはいけません)。試合開始の午後1時には間に合いそうもないが、第1試合は序盤から見られるだろう。この日は春季高校大阪大会の準決勝が行われる。

 

球場近くまでたどり着くと、舞洲サブ球場ではオリックスの二軍戦が行われている様子。こちらをのぞいてみるのも一興か、と一瞬心が動く。しかしグラウンドをのぞき込むとバックネット裏のスタンドはけっこう入っている様子、またの機会にするか。

 

第一試合は北陽-初芝…、と、どちらも現在は大学との提携により正確にいえば関大北陽-初芝立命館ということになる。舞洲のスコアボード表示は上限3文字で、それぞれ「北陽」「初芝立」となっている。関大北陽は甲子園にたびたび姿を見せていたころはまだ「北陽」だったから、野球ではこのほうが通りがよいのだろう。思ったより試合展開が早く、球場到着時にはすでに5回に差し掛かっていた。

 

初芝立命館のマウンドにはエースの木元(允)投手がいた。体を折り曲げて投げ込んでくるアンダースローだ。北陽は5回に2点をとって逆転に成功する。初芝もその裏すかさず逆転。北陽は6回にレフトオーバーのソロホームランで同点に追いつく。試合は競った展開のまま終盤へ。

 

8回、北陽は1死から左中間への三塁打。二死からライト線へライナーではじき返して勝ち越し点を挙げる。初芝・木元投手はよく投げたが、中盤以降は北陽打線が対応してきた。また、アンダースローは足を絡めて攻められると厳しい。夏の大阪は日程・気候・対戦相手と三拍子そろった地獄である。春の躍進を夏につなげられるだろうか。

 

北_陽 000 021 110/5

初_芝 001 020 100/4

 

(北陽スタンドからは控え部員が手拍子とコールで声援を送る。いかにも大阪大会らしいなと思ったが、意外にもこの日この応援スタイルは北陽だけ。残り3校は静かだった。これも春と夏の違いかもしれない)

 

第二試合は大阪桐蔭-大体大浪商の対戦となった。大阪は昔から私学が強く、一部マニア好みの公立伝統校はなかなか甲子園に手が届かないのが寂しいが、私学を含めてよいのなら、伝統の古豪という仕切りで浪商が一番手に上がるだろう。全国制覇4回の強豪も夏の甲子園出場は昭和54年が最後だ。復活の度合いを測るにはこれ以上ない相手だといえる。浪商はマウンドに背番号16の左腕を送り出した。ここも校名の頭に「大体大」とついてしまったが、ユニフォームはさすがに「NAMISHO」のままである。

 

一方、大阪桐蔭はこの前の準々決勝で公立校・寝屋川高校のエースの「動く球」に苦戦。終盤で一度は逆転を許し、あわやというところまでいった。しかしこの日はさすがに修正してきているようで、初回から強打・好打を放っていた。好守もあって3回まで大阪桐蔭を無得点に抑えてきた浪商だが、4回にクリーンアップに連打を浴び、1死2,3塁のピンチを迎える。ここで三塁線をゴロで破る痛烈なタイムリー二塁打。2-0、大阪桐蔭が先手を取った。

 

雨天順延があったため、この日は球場の都合で第一試合が午後1時、第二試合が午後3時半に始まった。薄着で来てしまったため、日がかげるとずいぶん寒い。大阪桐蔭はエースナンバーの左腕・横川が先発。長身から投げ下ろすストレートが低めに決まればそうそう打たれるものではない。どこぞの元春夏連覇投手のように荒れてくれるのを待つしかないが、おそらくここから浪商がひっくり返すこともあるまい。5回終了をキリに帰宅することにした。試合は結局6-3で大阪桐蔭の勝ち。20日に行われた決勝でも関大北陽を9-0と一蹴したそうだ。大阪が激戦区であったのは今は昔の話である。

 

(横断幕にそこはかとなく浪商テイストを感じる。いろんな意味で大阪最強を誇った学校だ)

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