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読んでみた~「球道恋々」

わたしには長らく患っている厄介な病気がある。「ここではないどこかへ行きたい病」というやつだ。ほっておいても命に別状はないので、かえって始末が悪い。

 

本作ではそのあたりの機微をとらえて、作中人物にこう語らせる。

『男の人ってある歳に差し掛かると急に、「こんなはずじゃない」って思う生き物でしょ。俺はこの程度で終わる男じゃあない、本当はこんなところにいる人間じゃない、ってね。かといって、そう思ったところで人生がガラっと変わるはずもないじゃない。…(中略)…ともかく、男ってのは往生際が悪いのよ。分相応ってことが、わかってないの。(後略)』

 

主人公・宮本銀平は東京神田の生まれで、明治の半ばに旧制一高を卒えているという設定。ここからは東京帝国大学へ進み、政官財界で栄達するのがほぼ約束されたコースだ。しかし、表具師を生業としている父が、病に倒れて半身が利かなくなった。銀平は家業を継ぐことに決めた。師匠である父親も辛抱はしただろう。しかし学問と職人の世界では勝手が違った。どうせこうなるのがわかっていながら、なんで大事な若え時分に学問なんかしやがった。てめえには見込みがねえ、破門だ。と言い渡す。その後、銀平は小さな業界紙の編輯長(今であれば編集長だが、作中の時代ではこう書いた)の職におさまっている。

 

旧制一高では銀平はベースボールをやっていた。当時日本最強を誇った一高の中で、彼は控えに甘んじた。時は移って、いまや一高は東京では早稲田・慶応に歯が立たない。これまで歯牙にもかけなかった旧制三高にまで苦戦する。我等「天下の一高」がなんというていたらく。OB連は切歯扼腕したが、当然のごとくみな各界で要職に就き、多忙を極めている。暇を見込まれて(?)後輩たちのコーチ役を頼まれた銀平だったが。

 

作者は野球小説を書きたかったわけではなかろう。舞台装置として明治から大正へと移る時代の球史を使ったのだと思う。しかし、一高黄金時代から始まって、かの有名な野球害毒論、今につづく全国中等学校優勝野球大会開催への動きまでが巧みに織り込まれており、野球ファンにとっては二度おいしい。今年の大河ドラマで少しだけ知られるようになった天狗倶楽部も登場する。大型連休で暇がある方はどうぞ。

(参考:『球道恋々』木内昇/新潮社 2017)

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