(小説)ある日の物語5
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spa
2011年12月02日 07:57 visibility99
里帆は少し寂しげな顔で
「さようなら」
そう言って達也に右手を差し出してきた。
この状況に似付かわしくない言葉に一瞬
ん?
と思った達也だが、これから始まるであろう里帆との未来にばかり思いを馳せ過ぎて、その微妙な気持ちに気づくことは出来なかった。
大した意味もなく里帆と握手をし、「じゃあね」と達也に手を振った。 少し大きめの荷物を抱えながら駅の階段を登る里帆の背中を達也は見えなくなるまで見つめていたが、里帆が達也を振り返ることはなかった。
達也はそれまで面倒なだけだったバイトが急に楽しみになった。
里帆はもともとバイトにはあまり出て来なかったが客としてはよく来てたし、同じシフトに入ったらそれはそれでまた楽しいだろうなという思いもあった。
しかし
その日以来、里帆は店にはまったく来なくなり、バイトもそのまま辞めてしまった。
そして里帆だけではなく、時折姿を見かけていた亜美も裕司も店に顔を出すことはなかった。
なぜ来ないのだろう?
当初は不思議に思っただけだったのが、会えなくなる日が重なるとそれは不安な気持ちへと変わっていき、その気持ちはさらに空虚感へと変わっていった。
よく考えたら、達也は里帆の連絡先を知らなかった。携帯もメルアドも知らない、家は知ってるけどアポ無しで訪ねるには、彼女の住むマンションは16歳の達也にとってはあまりにも敷居が高かった。
達也は里帆に会いたい一心で、店長の机の中に置いてあった里帆の履歴書を盗見して携帯番号をメモし、思いきって電話してみたりもしたが、そこは虚しいアナウンスがかかっただけの番号だった。
ここにいれば会える
ここにいれば会える
ここにいれば会える
この店でバイトしていても常に里帆のことばかり考えていて、里帆によく似た女の人が入ってくれば気持ちが高揚して、別人だと分かるとす気持ち萎んでいくという日々が何日も続いた。
やがてそれは
(誘ってきたのは向こうだったのに)
(人の気持ちを弄んでただけなのか)
という憎悪にも似た思いが浮かぶようにすらなった。
達也は16歳にして人を愛しました。
たかが16歳だが、これは紛れもなく愛だ。
誰が何と言おうと、達也は里帆を愛していた。
そして、愛する里帆を待ち続けて、待って待って待つことに疲れてしまった達也は、里帆を待つ為だけに続けていたこのコンビニエンスストアでのバイトを辞め、隣町で一人暮らしを始めた。高校生だったが親に頼み込んで一人暮らしを始めたのだ。そういう、何か環境を変えて違うことをやらないと気が狂いそうな程、達也は里帆を愛してしまっていた。
・・・・・・
そしてあの日、里帆と最後に握手をした日から3年半が経った。
その間、達也は里帆と一度も会うことはなかった。
里帆のことは一日足りとも、いや、大げさに言えば一日どころか一瞬足りとも忘れたことはなかったが、それでも自分なりに里帆への思いは封印しないと先へは進めないような気がして、それでも人間の気持ちなんて自由にコントロ-ル出来るものでもなく・・・・
達也の気持ちは常に揺れ動いていた。
達也は高校を卒業して、進学や就職もせず、バイトをしながらボクシングを始めていた。
もともと達也はボクシングを観るのは好きだった。ただ、自分のような根性なしがボクシングなんか出来るはずがないと、ボクシングは観る専門ナものだったのだが、里帆のこともあり、何だか無性に自分を打ちのめしたくなるような気持ちがボクシングジムの門を叩く後押しになったのだった。
そして達也は、ボクシングをしている時はまっさらな気持ちでボクシングだけに向き合うことが出来た。いろいろな渦巻く感情もサンドバックを叩いている時間は何もかもを忘れさせてくれた。
そんなある日。
小田急線沿線にあるジムにスパーリングパートナーとして呼ばれて出向いた達也は、プロ選手とスパーリングをして、しこたまパンチを打ち込まれてしまった。そしてその帰り道、傷む身体を引きずるように駅に向かってゆっくりと歩いていた。
ジムからの最寄り駅に着いて券売機で切符を買ってる時に電車がホームに着いた時だった。達也はダッシュでその電車に乗り込もうとしたが間一髪間に合わず、達也を嘲笑うかのように、達也の目の前で扉がゆっくりと閉まっていった。
(今日のスパーリングといい、この電車といい、何だか今日はツイてないな・・・・)
そう思いながら達也はホームで、そのまま次の電車を待っていた。
(あと7分もあるのか。あ、でも次は急行だからいいか)
そんなことを考えながら達也はいた。
すると
達也の横に青いロングスカートの女性が並んだ。風が強かったのでその青いスカートの裾が女性の足元で少し揺ら揺らしていた。
そのまま一分くらい経った。
すると突然
「あの・・・・」
とその女性に声をかけられた。
「はい?」
達也はつけていたイヤフォンを外して、女性の方を向いた。
地元ではない小田急線の沿線で、知り合いなど誰もいるはずのないそこにいたのは、少し大人になった、紛れもない里帆本人だった。
続
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