卒論「木製バットの導入と高校野球の国際化」その1

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    2008年01月21日 21:11 visibility5207


手前味噌ではありますが、卒業論文を掲載させていただきます!まずは第1章から!

はじめに  


「カキーン!」高校野球の情景のひとつである、バットから放たれる金属音。しかし、高校生以上を対象にした野球の国際大会で、この金属音を聞くことはない。それは、どの国際大会も木製のバットを使っているからだ。 日本人が聞き慣れた金属製バットが放つ音は、国際舞台では異質の音になっている現状。この背景にある野球の国際的な動向と、日本の対応を考察し、高校野球の国際化について論じる。  
第1章      日本の高校野球のバット事情 
第1章では日本の高校野球でのバット事情を説明する。現在は金属製バットが使われているが、当初は木製バットが使用されていた。そこで、金属製バットが導入されるまでの流れを追う。そして、金属製バットと木製バットの比較をし、両者の特徴、問題点を浮き彫りにしてみる。また、金属製バット導入後にとられた音響対策や太さ・重さの基準の変更をまとめ、問題点が解決に向かっているかを分析していく。
  第1節      金属製バットの導入 
金属製バットはアメリカの高校野球で1970年に採用されたことを皮切りに、日本国内では1972年にソフトボール、1973年に軟式野球で導入される。高校野球では1974年の全国高校野球選手権大会(以下は選手権大会と略す)、いわゆる夏の甲子園大会で使用を許可。この背景には当時第1次石油危機が起こり、原材料の木が高騰したことも大きく影響している。74年の選手権大会では全体の4割のチームが木製バットを使用していたが、80年代には金属製バットが全チームに浸透した。1984年の選手権大会では48試合で47本の本塁打が飛び出し、2006年に破られるまで大会史上最多本塁打記録となっていた。(市瀬、2007、P36)  

導入当初はアメリカから輸入された製品を使用していたが、後に国内メーカーも独自の製品を開発。しかし、ひび割れる製品や、音響の対策がなされていない粗悪な商品も多く、財団法人日本高校野球連盟(以下は高野連と略す)はまず、

1991年に音響についての規定を取り決める。(平沢、2007、P55) その後、本塁打数の増加による「打高投低」の大会が多くなったことや、全国で打球が投手に直撃する事故が多発した。それを受け、金属製バットから放たれる打球の危険性が叫ばれ、2001年に重さと太さに関しての規定改正がなされた。

 改正後の大会では本塁打数が減り、一応の効果を挙げたものの、
2006年の選手権大会では史上最多の60本の本塁打が生まれ、新規格バットに対応できる選手が増加したことを示した。このことから、金属製バットのさらなる規格改正や、国際大会にならって、木製バットの導入を求める声が出てきている。


 第2節 木製バットと金属製バットの比較 
(1)   経済面

金属バットの登場の際に何より注目されたのは経済性である。1本5000円から10000円の木製バットは平均1000打ほどでバットにひびが入ったり、欠けたりしてしまう。そして、新品であってもすぐに折れる可能性もある。

 金属製バットは平均1本25,000円と木製バットよりも高価ではあるが、平均20,000打以上に耐えられる強度を持つ。(筒井、2007、P56)

 一打あたりの値段を計算すると、木製バットは5円から10円(1000打つまでに折れなかった場合)、金属製バットは1.25円となり、この数値から金属製バットの方が経済性に優れている。

 2007年の選手権大会では19年ぶりに公立高校として佐賀北高が優勝した。限られた練習時間や他のクラブと共用のグラウンドといった逆境を跳ね返したことが話題になった。この佐賀北高校の学校から支給される年間の部費は30万円。だが、これでも恵まれている方で、年間の予算が10万円以下という公立高校は少なくなく、頭を悩ませている。(小林、2007、P90)

 現在日本には4000校以上が高野連に加盟し、16万人超の高校球児がいる。金属製バットを禁じた場合、その際の費用の負担が各高校(特に公立高校)の大きな障害となることは間違いない。

 

(2)技術面

同じ速度でスイングし、一番打球が飛ぶ点、つまりミートポイント(芯)で球をとらえたとき、金属製バットは、木製バットに比べ打球速度が速く、飛距離が10%伸びる(図1のP点がミートポイント)。その芯についても、左右2センチずれただけで反発力が大きく落ちる木製バットに対して、金属製バットは左右4〜5センチずれても反発力が下がることはない。(筒井、2007、P56)

 

図1 バットの名称と規格

(美津和タイガーのホームページ)

http://www.mitsuwa-tiger.com/batmuseum/whats.html)

 

だが、金属製バットの使用で打球が飛びすぎることも問題視され、前述のように高校野球では過去に規定を変更した。また、社会人野球では2002年度から、金属製バットから木製バットへ切り替え、本塁打数が大幅に減少したというデータも出ている。

 

(1)   環境面

 金属製バットの多くはアルミ製で、工場の生産ラインに乗せられ大量生産される。木製バットも同じく工場で加工されている。双方とも、生産ラインの過程で生まれる廃棄物に関しては、他の工場と同じように環境破壊につながっている可能性はありうる。金属バットの工場であれば、加工の際に生まれる排水には慎重に対応する必要がある。木製バットの工場であれば、削りカスといった廃棄物が出てしまう。

金属製バットの元になるアルミはリサイクル技術の発達により、再利用が進んでいる。現在流通している金属製バットには、折れた金属バットやゴルフクラブの金属を再加工したリサイクル材を利用した製品も登場している。(2000年1月4日朝日新聞「破損バットに第2の人生」)

木製バットの原木にはかつて主にトネリコが使われ、現在はアオダモ、ホワイトアッシュ、メープルが主流である。

 加えて、自然の木を原料とするため、どんな木であっても原料不足の恐れが伴ってしまう。トネリコ属に属するトネリコとアオダモは、樹齢80年から90年の木が最もバットに適するとされる。しかし、育成時間がかかるにも関わらず、無計画に乱伐されたため、アオダモよりも先に原材料として採用されていたトネリコは、絶滅の危機に瀕し、現在は使用されていない。

トネリコに代わって採用されたアオダモも同じ境遇に会い、年間10万本を流通する現状が続くことになれば、絶滅の危機が訪れる状態である。(村木、1985、4P)

過去の乱伐、そして、バットの原木の絶滅の危機を踏まえて、高野連は「財団法人アオダモ資源育成の会」と協力し、全国にアオダモの苗を植樹する活動を行っている。アオダモ資源育成の会には日本野球機構をはじめ、日本の野球に関わる35の機関が協力している。また、折れた木製バットを箸にリサイクルする活動にも協力している。(財団法人アオダモ資源育成の会ホームページ)

先も述べたように、もし、日本の高校野球に木製バットが導入されるとなれば、少なくとも16万本の木製バットが必要になる。そうなると、環境保護の面からも高野連が木製バットの導入に踏み切る可能性は低いとも考えられる。

また、アオダモの木の本数が減少した今、ホワイトアッシュやメープルといった外来の木を使ったバットも登場しているが、管理体制が整わなければ、トネリコ、アオダモと同じく世界各国の木にも絶滅の危険性がはらむと考えられる。そのため、今後全世界どこも木材が確保できるとは保証できない。

金属製バットの元となるアルミと違い、折れた木製のバットはもう2度と同じバットとしてリサイクルすることはできない。よって、木製バットを使用することは、同時に金属バットより高い意識を持った環境への配慮が求められる。

 

(4)安全面

 金属製バットが導入された1974年以降、何度か安全基準の改正が行われてきた。ここでは、木製バットと金属製バットの比較と共に、安全面を考慮し、高野連が行った改正も取り上げる。

 

1)落雷の危険

木製、金属製双方ともにバットに落雷する可能性はあり、特に金属バットは木製よりも慎重な対応を取らなければ危険である。

【高野連の対応】現在のところ目立った事故は起こっていないが、落雷の危険がある天候の場合、即座に試合を中断、あるいは中止するか、使用バットを木製に限定するといった対応がとられる。

2)破損

 木製バットは折れた際にその欠片が飛んでしまうことが危険とされる。ボールと違い飛んでくる方向の予想がつきにくいが、高野連によって過去に表立った対策はとられなかった。

 また、木製バットよりも耐久性の高い金属バットの破損事故も1982年以降多発した。 木製バットは900グラム平均の重さであったが、金属製バットは野球道具メーカーの技術の発展により、平均860グラム、最軽量のもので820グラムの製品も生まれた。しかし、軽さを求めることで、耐久性が低く薄い金属を使ったバットが多く流通した。その結果、ひび割れやすく、時には金属製にも関わらず、バットが折れてしまうといった破損事故が、各地で相次いだ。

 【高野連の対応】多発した金属製バット破損事故を受け、1986年に全日本バット協会と協力し、金属製バットの安全基準を見直した。その後、2001年に重量を900グラム以上、直径を67ミリ以下とした新規格を制定した。従来よりも重いバットはスイングスピードを抑制し、打球速度と飛距離の低下を狙った。また、制定以前は直径70ミリが平均であった直径を狭めることで、バット全体の金属に厚みを持たせ、破損しにくいバットを流通させようとした。(朝日新聞2002年3月9日「高校野球に新バット 重く、打力の差くっきり」)

 

3)音響

金属製バットに関する規定が整っていなかった時期に問題視されたのが、打球音を間近で聞くことが多い捕手が、難聴になるということである。また、練習場の近隣の住宅のとっては騒音ともなる。測定すると、捕手の位置で聞こえる打球音は、ガード下で聞く電車の通過音の音量とされている110デシベルと判明した(木製バットから放たれる音は平均80デシベル)。

【高野連の対応】1991年7月に全日本バット工業会とともに、「音響対策検討会」を開き、同工業会が作成した音響抑制の基準値を了承した。1992年の選抜大会からは音響対策がなされたバットのみの使用を許可することを決定した(1990年7月9日朝日新聞「高野連、金属バットに“騒音”基準」)。注(1)

聴覚障害を引き起こす危険を持つバットを生む原因となっていたのは、「一体成形型」と言われる製造方法だった。バットの先端からグリップまでをすべてアルミで作るこの方法は、構造が簡素なこともあり、製作もしやすかった。しかし、この構造ではバットから放たれる音の逃げ場もなくなるため、時には難聴になってしまうほどの甲高い音を発してしまっていた。(平沢、2007、P55)

その後「消音キャップ型」というバットから放たれる音が、先端部に装着されたキャップに吸収される構造の製品が開発された。この消音キャップ型が「音響対策」のなされたバットと認められ、規制改正後は消音キャップ型のみの利用を義務付けた。

また、音響規定が見直された現在でも、近隣住民への配慮から夜間練習を取りやめている高校もある。(平沢、2007、P56)

 

4)打球速度 

 木製バットが採用されていた時代には、打球直撃による死亡事故は報告されていない。しかし、金属バットに関して言えば、注(3)の「金属製バット導入後に起こった主な事故」を見ると、打球が選手に直撃したことが影響した死亡事故が1990年以降に多発している。

この事故は、軽量化が進んだ金属製バットが生んだ打球の速度が、投手をはじめとする野手にとって危険な速度となっているとされた。そのため、高野連は打球直撃事故防止に積極的に取り組んできた。これについては次節で詳しく述べる。

第3節 打球速度をめぐる高野連の対応 

(1)バットの重量、太さの改正(2001年)

破損についての段落で先述したように、2001年に重量を900グラム以上、直径を67ミリ以下とした新規格を制定した。従来よりも重いバットはスイングスピードを抑制し、打球速度と飛距離の低下を狙った。(朝日新聞2002年3月9日「高校野球に新バット 重く、打力の差くっきり」)

この規格変更以降、2007年の選手権大会までバットの規格変更はなされていない。

 

(2)ヘッドギア着用を義務付け(2002年)

2004年から打撃投手に頭部を保護するヘッドギア(図2)の着用を義務付けた(高校野球特別規則・高校野球の使用制限より)。過去の打球直撃事故が打撃練習中に多く見られたことによる措置である。

また、打撃練習に登板する投手は、制球力を高めるために従来の投球位置(ホームベースから18,44メートル)より前から投げる練習方法を取ることが多いことも、ヘッドギア導入のきっかけのひとつとされている。

(図2)

(ミズノ社製のヘッドギア) 

(http://www.mizuno.jp/catalog/index.php?category=1010)

 

(3)低反発ボールの導入(2007年)

2001年の規格改正によりバットの安全対策によって、飛距離が抑制されたはずだったが、2006年の選手権大会では大会史至上最高の60本塁打が飛び出した。

改正から5年足らずではあるが、新規格バットにも対応できるほど、選手のレベルが上がったことの証明である。また、本塁打数が増えたことは、同時に打球速度が増すことにもつながるため、高野連は新たな安全策を求められた。そして、この事態に高野連は「使用ボールの変更」という形で対処することとなった。つまり、「低反発ボール」の導入である。

高野連は「打球速度を遅くすることで投手ライナーなどから生じる事故の防止や増加する国際試合への対応」を挙げ、選手を危険から守るという視点を重視した。(2005年5月11日日刊スポーツ「高校野球でも低反発ボール導入」)

低反発ボールとは、衝撃吸収に優れたゴムを芯に入れると同時に、ボールの縫い目を今よりも0.2mm高くし、さらに、縫い糸を麻から綿に切り替えて、空気抵抗を大きくしたもの。メーカーの試算によれば、「球速144kmに対しバットスイング126kmで振った場合、ボールの飛び出し角度27°で飛距離は従来の112.5mから約2m短縮される」という。(別冊宝島、2005、P22)

「飛ばないボール」とも呼ばれるこの新規格ボールによって2007年春の選抜大会は前大会から本塁打が4本減り、選手権大会では36本減少。導入されてまだ1年ではあるが、新規格球使用の成果が出たと言ってよいだろう。しかしながら、導入からまだ1年しか経過していないので、データ不足の感は否めない。今後の大会での結果によってはさらなる改正も予想される。

 また、規格が変わったものの、低反発ボールの価格は従来のものと変わらない1000円ほど。規格変更前であっても、バットなどに比べボールは消耗度が激しいことから、毎年の買い替えが求められていた。そのため、新規格に変更した際も費用面で大きな負担がなかった。

 

(4)まとめ

 木製バットに変わり導入された金属製バットは、導入後数年は低品質の製品が、その後は飛距離や打球速度といった技術面が問題となった。

この問題に対し、高野連は金属製バットの規格改正、ヘッドギアによる練習中の事故防止、そして、低反発ボールの導入という3つの対策を取った。

 高野連の田名部和裕参事は、2007年3月14日の会見で「現状では野球振興に金属製バットは欠かせない。日本の用具メーカーには高い技術力があり、さらに木製に近づけることはできる。そうした努力が必要だ」と、今後の金属製バットの採用の意見を強く表明している。

この発言からも、今後とも高野連は、金属製バットの抱える問題点は道具の規格改正によって解決しようとする方向である。よって、木製バットの再導入は遠のいていると考えられる。


 

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