岡田はん余話

う〜ん、広島に足下をすくわれ首位巨人と5差、ですか。
それはともかく、林ちゃん心配やねえ。。。

こうなると、ウチのチームというのは、流れを引きずるんよなあ。
勝ち続けると負ける気がしないが、負け出すと勝てる気がせん(笑)
力士には、白星、黒星が並ぶのをツラ相撲、なんて言葉があるけど、
さながらツラ・チームやな。

ともあれ、今夜は頑張ってもらうとして、ちょっと岡田はんについて語ろう。
オールドファン、としては、六大学の大スターとして六球団からドラフト指名、
岡田自身が入りたかった阪神タイガースが抽選獲得!
当時は、掛布と並び阪神も安泰や、と言われたもんです。

ま、85年だけは大当たりやったけど、後はご存知のように、
バース、掛布と相次いでリタイアする中、岡田は孤軍奮闘するも年々イマイチの成績。
超大物、と期待された割には、通算1520安打、247本塁打はちょっと寂しい。

そんな中で、よく取り沙汰されるのが、92年、選手としては晩年の年。
この年、最終的には惜しくもヤクルトに優勝をさらわれるが、あの亀山、新庄で盛り上がった年だ。

その92年4月後半、不振の岡田がバッターボックスを向かう所、
当時の中村監督が、やおら代打・亀山を告げる。
この事が岡田には凄いショックとして残り、それが原因で監督になった今も、
スタメン起用した選手は、あまり変えたがらない。
特にベテラン、という選手には気を遣う傾向がある。

いや、悪い事じゃあないけどね。そこが好き、というもある。
ただ、あの92年のワンシーン、私はよく覚えている。

中村さんに代打を告げられた岡田はんは、「あ、そう」てな感じで、
スゴスゴとベンチに下がった。。。としか見えなかった。
あれがそんなショックだった、というのは随分後になって逸話で知った。

要するに、表から判りにくい人なんよなあ>岡田はん。
なんか煮えきらんし、やはり大阪のあほぼん、って感じが抜けない(失礼!)

でも、阪神が好きで好きで、オリックス行っても阪神の結果の方が気になったり、
阪神二軍監督の時代も、若手を全然起用せん野村はんにかみついたり、
で、今も監督、というより、タイガースの一ファンになりそうになったり、
とかする岡田はんがやっぱり憎めない。というか大好きやし、頑張ってほしい。

出来れば、ドジャースの名将ラソーダさんくらい何年も阪神の監督やって、
そう、あの名文句のように、
「俺の体の中には、ドジャーブルー、ならぬタイガーイエローの血が流れている」
と言って欲しいもんである(言い過ぎか?笑)

岡田はんと同い年/Oriyan

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