長松丸光忠の青春�

 さて、そんな長松丸光忠は、持ち前の素直さゆえに大きな問題とぶつかった。
 試合中に幕の中から戦場を見つめるだけならば、戦士達の豪快な闘いぶりに胸躍らせ、
「あっぱれあっぱれ、予は満足じゃ」
 と言ってとっとと帰れば済むのだ。
 だがこれまでの名ばかり指揮官と違い、誠心誠意事にあたらねばならないと思いこんでいる光忠である。試合終了後も幕内に残り、声をかけるタイミングを計ってはためらい、結局、隅に寄って口をつぐむ。
 形ばかりのミーティングがあって久松が若君の御前に戦士を揃えるが、いずれも
「俺達は若君のために戦ってるんじゃねぇ。己の強さを世に知らしめるためさ」
 と言わんばかり、威圧感たっぷりに見下ろして立つものだから、光忠は縮み上がる。

 その様子を見るに忍びなくなった職員が、ある時そっと光忠に耳打ちした。
「小野派一刀流は将軍家が誇る日本一の剣でございます。小野派の名手、山賀どのさえ居られれば我が軍は不滅にござりまする」
 そう聞かされると、ひときわ体が大きくて怖かった山賀がその分頼もしく思えて来た。

 ところがである。

「山賀のような粗暴で好戦的な男どもは、将軍家の本来の兵法に添いませぬ。柳生新陰流こそが将軍家を守護する無敵の剣。正木どの率いる大和柳生の剣士ある限り、若君の名誉に傷はつきませぬ」
 城中にての世間話の際、大目付の柳生主繕がしみじみとそう語って聞かせたのだ。
 そう説かれると正木の不気味な無表情も、余裕と安心感を与えてくれるものに印象が変わる。

 だが、日本一の小野派一刀流と、無敵の柳生新陰流。両者は相容れない質のものだと言われたわけだから、光忠は驚いた。
 気にしてよく見れば、なるほど彼らは仲が悪いようで、山賀派と思われる戦士たちと、正木派と思われる戦士たちは互いに口をきかない。
 そしてさらに気がついたのだが、二派閥に属しない戦力というのもいて、彼らは大名家から引き抜いてきた一流剣士達なのだ。
 確かに山賀は誰よりも大きな本塁打を放つ魅力を誇るが、常陸国の麻生藩新庄家から移籍してきた雨谷荘助の方が勝負所で決める確率は高い。
 彼ら、いわゆる助っ人達が投打に奮闘して試合を作り、たまたま歯車が噛み合った時には山賀の大砲や正木の俊足で大量得点し、圧勝する。

「雨谷らが居てくれねば、我が軍は戦になりませぬ。若君も彼らを覚えていてやって下さりませ。いずれ若君が将軍家を継がれる頃には、彼らもお役に……」
 久松はそう言って助っ人たちの慰労と就職斡旋に余念が無い。

 はて……?
 我こそは天下一と主張し、それぞれに手柄を競う三派。しかし「天下一」が三つ在るというのもおかしな話。
 長松丸光忠は首を傾げた。

「いや、将軍家の野球とは、そもそも何であろうか?」

 これまで言われたことを言われたまま受け入れていただけの少年、長松丸。
 だが、自ら命題を見いだし、己の知恵を絞り心を砕いてその謎に挑む時が、ついに訪れたのである。

(つづく)


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