長松丸光忠の青春(21)

 試合は再開された。
 九回裏、無死満塁。サヨナラする絶好の状況。
 一球、二球と渾身の力で腕を降り、すさまじいキレの変化球が投じられる。カウントは2−0。
 打ってみろといわんばかりじゃ……。
 内野は前進守備、本丸を死守の備え。
 空振りは取れたらもうけもの、ともかく凡打させるつもりじゃ。となれば遊び球はなかろう。



 三球目。



 確かに遊び球ではなかった。が、その勝負球は、いわばストライクからボールに変化する球だった。
「しまった!!」
 出した木刀は引っ込められない。先っぽにひっかけ、出丸方向に球が跳ねていく。



 猛烈にチャージをかけていた紀州の守備陣は突っ込むや球を素手でつかみ、そのまま本丸へ送球した。
「よし!」
 まずは理想の形。そう確信した捕手が思わずそう声にした時だった。
 視界の左側から猪が突進してくるのが見えた。
「何?!」
 無論、この戦場に猪などいるわけがない。



「いざ尋常に勝負じゃあ!!」
 体をぐっと沈めるように猪突猛進していたのは馬庭念流の士、山本である。


 出丸からの送球はド真中。本丸を足で踏んですぐさまもう一死を狙うつもりだった。
 しかし関口新心流の紀州捕手は猪の幻影に射すくめられた。
 我に返った時には眼前に山本の顔が迫っていた。
「な?!」
 
(つづく)

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