長松丸光忠の青春�

 激しい気合いとともに、渾身の力を込めて投げ込まれた球をめがけ、山賀は一刀のもとに斬りおろした。迷い無く振り下ろされた木刀に、白球は弾き返される。


「何?!」
 そう叫んだのは山賀自身だった。


「よし!」
 そう叫んだのは紀州の捕手である。


 投じられた球は内に切り込む変化球だったのだ。差し込まれた分だけ木刀の根元にあたってしまった。
 それでも山賀は見事だった。
 紀州軍にしてみれば狙い通りに転がさせたのだが、山賀の一刀は両手で押し込むように振り下ろされている。その分、勢いがあった。併殺に備えて空いていた出丸と三の丸の間を、打球は鋭く跳ねて抜けた。
「あ!」
 光忠が幕内で小さく悲鳴を上げた。

 正木は二の丸に向かって走っていた。
 もたつくその姿は、明らかに片足を痛めている者のそれだった。スタートの蹴り足は素晴らしかったが、走る振動に、痛めた片足は悲鳴をあげる。


 空いた空間を埋めるように前進していた右翼手はそのまま突っ込むようにして捕球すると、出丸の呼ぶ声を無視して、雄たけびとともに二の丸へと投げた。
「あの脚なら刺せるわい!」
 その弾丸と駆け比べになった正木は、もんどりうって二の丸に倒れこんだ。


 審判は両腕を広げる。セーフ!



「馬鹿な! あんなにもたもたしておったのだぞ! そんなはずは無い!」
 右翼手が叫ぶ。
「いや、走り出すのが早かったのじゃ。振りかぶったときには走り出しておった」
「くそっ。すまない。まずは一死とるべきだった……。出丸に投げればよかった」
「切り替えよう。まだ点は取られておらぬのだぞ」
「そうじゃ。まだ負けてはおらぬ!」
「満塁なら走られる心配もないぞ!」
 紀州軍は口々に励ましあう。



 一方、二の丸で倒れている正木は起き上がれない。
「正木!」


(つづく)

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