長松丸光忠の青春�

 光忠はひ弱なだけでなく、騙されやすいといえるほど素直な少年であった。
 苦労を知らずに育つ者は、人の立場をおもんばかることが出来ないことが多い。しかし幸いなことに彼の守り役、水野大炊頭徳勝は厳しく光忠を育てた。
 食事の時には、やれ、
「米ひと粒の内には七人の神様がおわしまする。百姓が丹精したればこそ宿るわけで、七かけることの三千粒……この食事だけで二万千人もの神が御身に宿るのですぞ! けして百姓への感謝と尊敬を忘れてはなりませぬ」
 だの、勉強の後にテレビを見ていれば、
「この西の丸へテレビジョンの電波を届けているのは、若君が大江戸タワーなどと気軽に呼ばれているあの集約電波塔でござるぞ。そうそう、あの大きな塔は着工から完成に至るまで、ほんの一年。我が国における建築業者の着実で誠実なことといったら、世界で一番でござるな。覚えておいて下され! いやはや、なんとも誇らしい」
 だのと語り、目の前に存在するあらゆる物を「あって当たり前と思うべからず」と説いてきた。
 良いことなのだが、あまりにも説教され慣れてしまった光忠は、疑うことを知らぬ素直さまで身につけてしまった。
 仮に大炊が、
「あのカラスは黒く見えまするが、本当は白いのでござる」
 と言えば素直に信じるであろう。

 その素直さを持って、光忠は徳川軍の戦士達と相対した。
 陣頭指揮を執る新番頭の久松松平康良に、
「若君がこれここに座って試合をしかと見届け、時にお褒め下されば、我らはそれだけで百人力にございまする」
 と言われれば、目を皿のようにして戦場を見つめ、戦士達の一挙手一投足を見逃すまいとした。
 誰かが本塁打を放てば割れんばかりに拍手し、また誰かが盗塁を成功させれば、よくやったとばかりに激しく頷く。
 久松にしてみれば、
「まぁ、何もせず座っていて下され」
 程度の意味だったのだが、光忠は一試合終わるとヘトヘトになるほど頑張った。
 何せ一度に九人を見守らねばならない。集中力も使えば目も乾く。気がつくと『稲妻Z』というクール目薬が光忠のトレードマークとなっていた。

(つづく)

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