長松丸光忠の青春�

 その言葉に最も驚いたのは、徳川軍の戦士たちだった。自分たちが手加減されているなどとは、夢にも思っていない。
「みっともない。頓狂な若君よ!」
 そんなことを口にした光忠にジリジリとした。
 慌てたのは久松である。
「わ、若君、なんと仰せられました?」
 光忠は自軍に向き直る。
「手加減無用にと伝えたのじゃ。。山賀率いる小野派一刀流の剣士達、正木率いる柳生の戦士達、そして旗本になおってくれた、心強き志士達。天下最強の将軍家が負けるわけがないであろう。その力を存分に見せてくりゃれ」
「た、確かに。そうじゃ、紀州軍は残りかすぞ。力の差は歴然。普通に闘えば、負けるわけなどない」   
 久松は汗を拭きながら皆を煽る。尾張や水戸ならともかく、紀州などそもそも手加減する以前の相手だ。大丈夫、勝てるだろう。そう自らに言い聞かせていた。

「ふうむ」
 紀州の大将は采配でパタパタと腿を叩きながら唸った。手加減なしで思いっきり強者にぶつかってみたい気持ちは、武士ゆえに当然持っている。
「いかがしたものか」
「やらせて下され」
 一人がそう答えると、口々に同じ意見が出る。
「やらせてくだされ、三浦殿を後悔させてみとうござる」
 三浦とは紀州徳川家家老筋の男で、じばらく前に将軍家に移籍した名人である。
「さらば、まず一回を全力でやってみようかの。向こうが強ければそのまま全力で行けば良し、こちらが強ければ、二回からは加減せねばなるまいて」
「それでは若君に逆らうことになりませぬか」
「しかし勝ってしまっては、天下を揺るがす騒動になるぞ」
「それが勝負でござりましょう!」
「まぁよい、とにかく初回だけは思い切りやってみよう。いずれにしろ向こうは猛者ぞろい、簡単には勝てぬさ」

(つづく)

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