
長松丸光忠の青春(23)
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たまぞー
2009年09月09日 20:40 visibility91
なんとも泥臭い将軍家のサヨナラ勝ちである。
将軍家の幕内から戦士達が飛び出して、山本を助け起こしてはもみくちゃに抱きしめ、叫び、走り回る。
客席にいた観衆はその様子を呆気に取られてみていた。
「なんだったのだ? この試合は……」
「将軍家にふさわしからぬはしゃぎようではないか。みっともない」
「いや、江戸でこのように緊迫した試合を観るのは久方ぶりじゃ。練習試合とは思えぬ気迫であった」
「大きな声では言えぬが、紀州が本気になったからであろう?」
「いや、まぁ、それは……」
「もし負けたならどうする気であったのか」
「だからこその、あの騒ぎじゃ」
それらの声を聞きながら、田沼玄蕃守は大炊頭を促して席を立った。連れ立って控え室へと向かう。
「若君には驚きましたな」
「はぁ……」
「大炊殿はご存知でおられたのですかな? 若君のご決心が、その……八百長を拒否すると」
「いえ……」
「ご気分がすぐれないようですな、いかがなされました」
「まぐれで勝てたようなものの……もし今後も意地を張って同じようになされたら……」
「ふむ……向後のご心配ですか」
さすがに親代わり。先を先をと考えてしまうらしい。
「田沼殿はいかが思われる? 尾張が我が軍とまともにやりおうたなら、万に一つの勝ち目も無いのでは?」
「では、大炊殿は若君をご説得なさるおつもりか」
「……」
「ふうむ」
控え室では、光忠が戦い終えた戦士達を迎えて労い、称えているところであった。いや、称えるというより、感謝して礼を言って回っている。
戦士も、光忠も、久松も声が興奮で上ずっている。
「失礼。若君、おめでとうございまする」
「おお、玄蕃! 爺も一緒か。ちょうどよい」
「はて、何がですかな」
「皆に聞いてほしいことがあるのじゃ。そのほうらも、そこで見守っていて欲しい」
光忠は、戦士達に呼びかけた。
「こたびは予のわがままで久松にも皆にも大変な苦労をかけた。その中で見事に勝ってくれた我が軍の勇者たちに心から礼を言いたい。少し長くなるが、どうかこれから話すことを聞いて欲しい」
全員に聞こえるように呼びかける声には力があり、いつもの、特に試合前に悲鳴をあげていた光忠とは別人のようだった。
「最初に、謝らねばならない。予は、今日の試合に負けるつもりだったのじゃ」
そう言って光忠が頭を下げると、室内はざわついた。
(つづく)
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