大阪大会に驚弾炸裂〜仲本高2の夏

  • 仲本
    2012年06月23日 10:46 visibility640


半分霧がかかったような記憶も最近はネット動画で補完できるようになりました。

夏の地方大会の組み合わせも全国で決まってきています。ここはひとつ、昔の大阪大会の話でつないでみましょう。



団地野球も卒業して高校へ進学した仲本、凡人としての長〜い道のりをダラダラと過ごしており、高校野球(観戦)熱も冷めていました。高校1年の時は上宮3年に元木大介とか普通にいる時代で、なんかこう「同じ高校生とか嘘ですやん」みたいな気分でした。



高校2年の夏休みもダラダラと家で大阪大会のテレビ中継を見ていたのですが(←結局見ている)、聞き慣れない府立の学校が決勝戦まで勝ち上がっていました。

渋谷(しぶたに)というその学校、地名を聞いてもどの辺かピンときませんでしたが、なんでも大阪の北のほうにあるというのです(実はわたしが知らなかっただけで、渋谷高校は当時はたびたび大阪の上位に進出していたそうです)。



決勝戦の相手は当時全盛期を迎えていたといってもいい上宮でした。試合は予想に反して渋谷が初回、4番が日生球場のレフトスタンドに2ランを叩きこんで幕を開けます。3回に同点に追いつかれますが、その裏またしても4番打者が今度はバックスクリーンへ二打席連続ホームラン。5−2と突き放します。試合中盤からはなんとエースに代わってロングリリーフに立ち、上宮の追撃を振り切って甲子園出場を決めてしまいました。強豪ひしめく大阪で府立の学校が夏の大阪代表を勝ちとるのは大変なことです。



背番号5をつけた4番打者は当時まだ2年生。つまりわたしと同学年でした。「すごいな、こいつ」甲子園では初戦で敗れたものの、翌年のドラフトで指名を受けました。「おお、近鉄か。イメージぴったりやな」。プロでも長距離砲として活躍。20年前、大阪の野球ファンをあっといわせた少年の現役人生は続いています。

(なお、このときの渋谷は決してワンマンチームではなく、しぶとくつなぐチームでした。)






























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