読んでみた〜「あぶさん」になった男

  • 仲本
    2015年12月12日 10:33 visibility408

忘年会シーズン。「酒は鍛えれば飲める」とはいうが、もともと酒の入る身体の持ち主にはかなわない。

その男はノンプロの野球選手で、酒飲みだった。毎晩の飲み代のツケがつもりに積もって月給の10倍になった。

どうしたものか。男は思案を巡らせた。プロ球団のテストに合格すれば仕度金が出るらしい。これで一気にツケを返してしまおう。一度は落ちたプロ球団のテストに再び挑むことにした。球界の先輩のツテをたどっているうちに、ドラフトで指名されることになった。

左投手だがバッティングもいけるから、打者転向という目もある。当時の万年最下位球団には、こういう使いやすい選手が必要だった。

契約金は400万。これで首尾よく飲み屋のツケも会社に借りた金も返した。飲みに誘った後輩たちの分もまとめて払った。これが球界のこぼれ話のような記事になった。

借金は返したが、酒飲みの習慣は変えられない。酔眼もうろうとしてグラウンドに現れることも毎度のことだった。しかし男には勝負の世界で生き残るための資質があった。打席に立つや、抜群の集中力でバット一閃。鋭いライナーがスタンドに飛び込んだ。プロに入れただけでももうけものと思っていたが、いつしかチームの中軸として優勝争いやタイトル争いにも加わった。

酒豪の強打者、面白いじゃないか。

男は知らなかったが、入団時のいきさつを知った漫画家が同じパ・リーグを舞台にした連載をはじめた。「あぶさん」というタイトルで人気を博した。のちに漫画家は取材にいった球場で男が作品の主役のモデルであったことを明かした。

そのときもその漫画のことは知らなかった男は、そっけなく礼を返しただけだった。

男は現役を引退すると、球界には残らず郷里に戻って焼き鳥屋を開いた。これなら毎日飲んでも財布にはあまり響かない。酒飲みには酒飲みの気持ちがよくわかった。

わたしは野球も酒もだめ。
うらやましい人生があるものである。

(参考:澤宮 優『「あぶさん」になった男 酒豪の強打者・永渕洋三伝』/角川書店 2014)






















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