ややこしい出場回数と戦後史〜愛知商業おまけ

  • 仲本
    2013年07月21日 22:12 visibility2598

選挙速報に飽きちゃった方にお届けします(-.-;)

まずは今日の高校野球愛知大会の結果から。

愛知商3−1名南工

古豪・愛知商がシード校・名南工に競り勝って4回戦へ。うーんなかなかやるな。次は東邦との対戦となった模様。両者はなんと昨年も4回戦で対戦し、東邦が勝っています。
このあたり、大会の主催である朝日新聞の高校野球特集サイトを参照していますが、愛知商業は春10回・夏8回の出場があるとしています。

さて、学校を(勝手に)訪ねるにあたっては、できるだけその学校のHPなどで場所とか沿革とか下調べをしています。愛知商業の部活動紹介では、「野球部は春夏あわせて15回の甲子園出場経験のある…」ということでした。朝日のサイトとは回数が違いますね。

前回の日記と重複になりますが、朝日は「瑞陵高校」の春1回・夏2回も含めてカウントしています。

太平洋戦争が終わって、学校の枠組みも占領軍の指導で大きく変わりました。現在まで続く「小中高の6・3・3制」が導入され、戦前の商業学校は一時期「高等学校の商業科」に再編されました。一つの学校に普通科と商業科などの実業科が併設されることが望ましい、とされたのです(生徒は普通科・実業科どちらの科目もバランスよく学ぶべしという含みもあったようです)。

愛知商業は愛知五中から熱田中学を経て変わった熱田高校、その他2校とともに「県立瑞陵高校」に再編されました。ちなみに、校地は愛知商業があった場所を引き継いだようです。これが昭和23年の秋のことです。

瑞陵高校野球部は昭和24年の夏と昭和25年の春夏に全国大会に出場しました。

しかし、数年を経て「実業科目はやはり専門特化した学校でしっかり学ばせるべき」という意見が高まってきました。

そこで昭和26年、再び県立愛知商業として復活(と、愛知商業HPには記載されています)。校地も昭和27年には現在地に移りました。
瑞陵高校は普通科メインの学校として校地もろともそのまま残り、現在に至っています。

つまり、愛知商業と瑞陵高校が並立しており、再独立を果たした愛知商業としては、瑞陵として出場した3回はカウントしない(それは現・瑞陵にカウント)というスタンスをとっているようです。

手元にある去年夏の愛知大会のパンフレットには、歴代出場校が掲載されています。残念ながら各学校の出場回数は書いていません。こういうケースがあってもめるからでしょうか。しかし校名の変遷については補足があり、瑞陵は愛知五中(=熱田中学)と貿易商業の後継校としています。
一方で、愛知商業は一時期瑞陵であった、との記載がありません。暗に「愛知商業の出場回数は愛知商業という名で出場した時のみ」と示しているようです。


























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