いまさらながら

  • さかも
    2010年07月24日 05:25 visibility50

ちょいと自己紹介なんぞをしてみようと思いました。


生まれも育ちも北海道の正真正銘「道産子」な僕です。

野球をはじめたのは小学3年生になる直前。
東雲ファイターズというチームに入団。
最初の希望ポジションはファーストでした。

ある日の試合中にちょっと来いとコーチに言われ、
ブルペンへ。

投げてみろと言われ投げてみる。

「次の回から投げるからな」

ここから僕の投手人生が始まりました。
それからずっとピッチャーやってました。

小学6年の時に札幌市1位に2回なりました。
6年生でのチーム成績は58戦45勝13敗。
このうち50試合は僕が投げてます。

中学は地元の硬式野球チーム(札幌東球団)へ。
そこでは卒業するまでずっと補欠。

高校は公立校ながら、専用の球場を持つそこそこの強さの新設校(札幌国際情報(通称:SIT))へ。
実は小学6年生の時から決めていた高校です。

1年秋の大会からベンチ入りし北海道ベスト4。
2年夏、南北海道大会1回戦 札幌南高校に1対2で惜敗。
この年、札幌南が優勝して甲子園へ。
3年春、北海道ベスト8。

春の大会の結果で、なんと「報知高校野球」に注目選手として名前が掲載されました。
このとき他にチームメートも2人載りました。

夏は札幌支部予選準決勝、札幌創成高校に3対4で惜敗。
ここで僕の甲子園の夢は終わりました。


大学は当時札幌6大学を連覇していた「札幌大学」へ進学。
春の大会の途中からベンチ入りさせてもらいました。
しかし、チームの体制になじめず、シーズン終了直後、退部。
大学も中退しました。


そして、自衛隊へ入隊。
自衛隊では所属する部隊に草野球のチームがあったので、そこへ。
そこでキャッチャーをはじめてから今に至るわけです。


正直、今までなんでキャッチャーをやらなかったんだろうかと思うぐらい、
野球が面白くなりました。


高校時代、考える野球を教わり、野球が楽しくなった。
高校は基本は選手が考え実践し相手を攻略する。
練習内容も自主練習が多かったです。
チームとしてやる時ももちろんありましたが、
この高校時代の経験が今の僕の野球に対する考えに繋がっていると思います。



キャッチャーを始めてまだ3年ほどです。
まだまだへたくそな自分ですが、いい選手をみて、技術向上に努めよう。

まずは、周りを見れるようになることから・・・・。

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