
忘れてはならないあの頃、だから今を大切にしたい。
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メタボリック脱出成功!
2007年10月04日 22:22 visibility32
今から10年以上も前の話ですが、その当時入ったチームの話からします。私にとってはいい思い出とは言えないのですが。懺悔ついでにお話します。
雑誌の募集欄に載っていたそのチームはいわゆる「勝ち優先」のチームでした。そのときの募集で結構の人数が集まっていたような記憶があります。実際に練習に参加してみると、自分のイメージとは全くかけ離れたチームでした。
勝ちを意識している割にはウォームアップ無しでいきなり練習や試合を始めてしまう感じでした。試合になると、このチームの目的通り上手な人だけが試合に出て、下手な人は代打はおろか守備にも付かせてもらえませんでした。そんな中で私自身は試合に出ていた側だったのですが、当然のように出られない側からミーティングのときに不満の声が上がりました。
しかしながら「このチームは勝つためにやっているんだから、下手な奴が試合に出られないのは当たり前だ!」とチームの中心人物が一蹴してしまいました。
そして自分も気の抜いたプレーやエラーがあると試合後のミーティングで攻撃していました。では自分自身はそんなに凄いのかといえば???でした。平気で3連続フォアボールを出したかと思えば、3連続三振を取ったりと、ものすごく不安定で自分勝手極まりない有様でした。チームの中で最年長組ということもあり、歯向かってくる者もいませんでした。そんな中で自分自身が長くやれるわけも無く、1年半ほどで辞めました。半ば喧嘩別れでした。
その後は6年ほどブランクが空いて入ったチームでは全く逆の立場になりました。人数の関係で試合にはレギュラーで出ていたものの、走れない、投げれない選手になっていました。そのチームは以前は強かったらしく1部や2部に所属していましたが、私が入ったときには全く言われていたのとかけ離れたチームでした。勝ち負け優先の割には、全権監督の方が全くダメで2年ほど一緒にやりましたが、四番打者なのにヒットを打ったところを一度しか見たことが無く酷い有様でした。
そんな自分は棚に上げてチームメートのミスなどには言いたい放題で正直腹の立つことばかりでした。その姿を見ていてふと気付いたのです。10数年前にいたチームでの自分のことです。今、自分が腹を立てているその人が、あの頃の自分と同じに見えたのです。間違えなくあの当時の控え組の人たちも今の自分と同じ気持ちだったのです。
そんな自分に気付くとすべてのことに自身を失ってしまいました。すべてが恐怖になってしまい会社でもこそこそ話をしている人を見ると「自分の悪口をいっているでは?」と被害妄想的になってしまいどうにもならなくなってしまいました。自分の心の中の弱さを初めて自覚した瞬間でした。
そんな自分に希望の光を射してくれた人がいました。その人とは、女子バレーボールの吉原知子さんでした。一度全日本代表を引退したもののチームをもう一度強くするためにそのための太い柱となるべく召集されたのです。吉原キャプテンのプレー中の姿を見てハッとさせられました。
周りは自分より若い選手ばかりなのに決して威張ることなく謙虚に同格の仲間のごとく接し、声をしっかりかけて自分のプレーを見せることでしっかりとリーダーシップをとり、みんなを勇気付けてチームをまとめていました。それは今までの自分に全く欠けていた物でした。もし次に野球をやる機会があったら決して同じ過ちは繰り返さないと心に決めました。
自分の子供に自分が唯一見せてあげられる、見てもらいたい、それが野球をやっているところでした。今なら何とかまだやれる、鍛えなおせばもう学生時代には遠く及ばなくても原型みたいなものくらいは見せることが出来る、そう思ったらいても立ってもいられず妻に許しを乞い、所属させてもらえるチーム探しが始まり現在に至っています。
今のチームの代表者の方がものすごく私のことを特別な存在のように、この野球SNS紹介していますが全く違うのです。今日の日記を読まれた方にはご理解いただけたと思います。今のチームは年齢が若い人が多く、野球の経験もほとんど無いような人たちも含めて構成されています。結果的には吉原キャプテンを狙った感じになってますが、狙ってませんからね、偶然ですから。^^;
来週の月曜日、天気が不安ですがこのSNSでもお馴染みのharuさんのチームと試合をさせてもらえるようになりました。ダブルヘッターなので何とか一試合くらいはいい試合をしたいと思います。サミングアッパーズの皆さん、ぜひがんばりましょう!そして勝利を掴みましょう!
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- 事務局に通報しました。
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