- 第5話 - 旧橋本派元会計責任者 <過去Blog移植>

大学3・4年時の2年間、ほとんど毎日永田町に通っていた。
伯父が群馬の地元で小渕恵三の副後援会長をやっていた関係で、
社会勉強がてら小渕事務所の手伝いに出入りしていたのである。
小渕さんが官房長官になった前後で、「平成のおじさん」と呼ばれる
ちょっと前の頃だ。

僕も後援企業にパーティー券を届け、数百万を預かって帰るなんて
こともよくあった。最初は百万持って帰るのもビビッたが、そのうち
一千万を超える大金を持ったままゲーセンに寄り道して帰ることにも
ヘッチャラになった。

大した社会勉強の成果である。


当時小渕さんの第二秘書官だったのが滝川俊行さん。。。
昨今旧橋本派の元会計責任者として1億円献金問題などで吊るし上げに
あっている。今日も朝日の一面に登場していた。

風変わりで一見とっつきにくそうだが、責任感や正義感がとても強い人だった。
僕ら若い衆の面倒もよく見てくれ、よく赤坂でステーキ屋やスナックなどにも
連れて行ってもらっていた。


ある日の夕方、滝川さんに呼ばれた。
「黒田、麻雀の約束してるのだけど遅れそうだから、俺が行くまで代わりに
行って打っといてくれ。」
と、高級雀荘の場所を教えられた。
負けたら滝川さん持ち、勝ったら僕にくれるという約束だった。

行ってみるとそこで待っていたのは、青木幹雄さん(現参議院議長)、竹下首相
(当時)の秘書さん、うち(小渕さん)の第一秘書さんといった顔ぶれだった。
今思えば凄いメンツだが、当時は皆顔見知りだったので特に臆するところはない。

青木幹雄さんなどは参議員1年生で当時まだペイペイ扱い。
腰が低くて人のいいオジサンといった風貌で、参議院議員になる前からニコニコ
しながらよくうちの事務所に遊びに来ていた。

「じゃあ滝さん来るまでは1/3レートにしようか。」
と言って始めてから3時間程経った頃、ようやく滝川さんがやってきた。
東風戦を6回くらい消化していて、若干ながらも僕が勝ち頭だった。
せいぜい数万の勝ちかと思ったらその約十倍の札束を渡され、初めてどんな
麻雀の代打ちをやっていたのか理解した。
滝川さんもよく学生の僕にそんな麻雀の代打ちを任せたものである。


確かに永田町の常識は一般社会のそれとは違うかもしれない。

その永田町で30年間やってきた滝川さんが報道されているような数々の
暴露証言を行うのは、相当な葛藤と覚悟の末のことだろう。
生来の責任感や正義感に拠るものだと思うが、何ともいたたまれない気持ちで
ニュースを見ている。

一人で背負い、挑むにはあまりに大きく永年染み付いてきた常識である。 

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