芝居シリーズ vol.6 −卒業&卒団−

大学入学と共に始まった僕の舞台役者生活も5年間の大学生活
(1年多い?!)の終わりとともに終焉を迎えようとしていた。
同世代の第三舞台や第三エロチカなどは始めからプロ指向だった
のに対し、うちの劇団は大学卒業とともに実社会に出て卒団していく
人が殆どだった。

僕自身としてもそのまま役者として生計を立てる道を目指すことは、
自分の技量を考えても思いもしない選択肢だった。
卒団直後の夏公演では念願の紀伊国屋デビューが決まっていたが、
断腸の思いで卒業&卒団を選んだ。

とは言っても、僕が考えていた卒業後の選択肢はあまり尋常とは
言えない3つだ。

�プロ雀師
競技麻雀大会などでプロ雀師と打つことも多く、全国ベスト4などの
成績を残していた。そんな実績や話題性から『近代麻雀』などの雑誌
や漫画を刊行している竹書房からの推薦とバックアップを受け、その年
のプロ試験を受けることになっていた。東大卒プロ雀師の井出洋介が
年収1千万到達と話題だった頃だ。

�代議士秘書
当時官房長官だった小渕恵三事務所での秘書見習をそのまま続け、
秘書になる道も有力だった。

�コンサルタント
就職するにしても大企業などには全く関心なく、胡散臭そうだけれど
スーパーエグゼになれるかもしれなそうなコンサル会社のみに絞って
就活した。

結局、プロ雀師として人よりでっかい勝負運や引きが一生続くかの
保証はないし、秘書にしても代議士の出世(まさか小渕さんが総理に
なるとは当時誰もが夢にも思っていなかった)や先輩秘書さん達との
兼ね合いといったやはり運の左右が大きい道を選ぶのを止め、
某コンサル会社に就職したのだった。


それでもやはり、

「芝居をやっていない自分なんて自分じゃない!」

との思いが積もり積もって舞台復帰の道を決意するまで、そう数年と
掛からなかった。

出身劇団「ネヴァーランドミュージカルコミュニティ」はメインキャストの
卒団体質から劇団としての存続が難しく、主宰兼演出の堤泰之が
独立する形で既に解散していた。

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