泣かせるいい話③ 高倉健 「もう映画を撮ることなくこのまま死んでしまうのかなと」

  • Miya
    2012年07月26日 10:39 visibility1791








 






久しく沈黙していた「映画スター」が銀幕に戻ってくる。夫婦の愛を描いた「あなたへ」に主演する高倉健。一時は引退も考えたが、先輩俳優の演技に接し、再び役者魂に火がついた。80歳を迎え、年齢を重ねたからこそわかった人生の陰影、いまの社会への違和感などを語った。


 ――6年ぶりの映画ですね。

 「もう映画を撮ることなくこのまま死んでしまうのかなと思ったりしました。でも、長年一緒に仕事をしてきた降旗康男監督と、もう一本やっておきたくて。監督も僕も、人生の大事なことに気がついたというか」

 ――それは何ですか。

 「一言で言うのは難しいね。そう、撮影中にこんなことがありました。監督の思いつきで、囚人たちが刑務所の廊下を歩くシーンを急に撮ることになったんです。『左、右』と号令をかけて歩くのを刑務官の僕が見ているんだけど、号令を聞いているうちにゾクッとしたんです」

 ――ゾクッと?

 「ええ。このシーンを思いついた理由を監督に聞きました。するとこう言って笑うんです。『若い頃は右とか左とかにこだわっていたが、実は、どっちでもいいんじゃないか。主人公がそんなことに気づいたんじゃないですかね』って。僕たちもそういう年齢になったか、と」

■先輩の深い演技に引退思い直す 

 ――年を重ねてこそ演じられる役がある。

 「そうです。この映画で大滝秀治さんが船頭を演じておられます。彼の言葉に『久しぶりにきれいな海を見た』というのがあって、台本を読んだ時、僕は『つまんないセリフだな』と思った。しかし、本番で大滝さんがおっしゃったのを聞いて、言葉の深さに気づいた。私たちが住んでいる所はさほど美しいわけじゃない。しかし懸命に生きている。生きているからこそ、この言葉が出たんだ、と」

 ――大滝さんは、高倉さんより6歳年長ですね。

 「はい。僕が何十回台本を読んでも何も感じずにいたセリフを、大滝さんが話すと、1字も変えていないのに意味が出てくる。そろそろ役者をやめなきゃいかんな、と考えていた時期でしたが、まだまだ一生懸命やろうと思い直しました」

 ――役者をやめようと?

 「ええ。いつまでも偉そうな顔をして高いギャラを取っているのは平等ではないな、と。僕は今、作品を選びながら出演できる。僕がいい役を取っちゃえば、若い人のチャンスを奪うことになりますからね」

 ――日本アカデミー賞最優秀主演男優賞の4度受賞は高倉さんだけです。

 「第1回の『八甲田山』の時は東映を出たばかりでした。賞に縁のなかった自分が、それから立て続けに賞をいただいた。褒めてもらって、しかもギャラがどんどん上がる。何か違うんじゃないかと思ってね」

 ――でもギャラも大事。

 「もちろんです(笑い)。でも、時々ね、ギャラより大事なものが出てくる。痛切に感じたのが中国で撮った前作『単騎、千里を走る。』でした。撮影が終わった時に、百何十人のスタッフがみんな泣くんです。僕に抱きついてきてね」

 ――日本の撮影現場ではあまりないことですね。

 「東映の時は『おい高倉、次は千恵蔵先生の映画だ』『次はひばりの相手役だ』と、言われるままに出ていました。泣いてる暇なんかない。だから中国の体験は衝撃でした。こんな現場があるのかと。あれは何だったのかと考え込んじゃって、4年ほど仕事が出来ませんでした」

 ――分かりましたか。

 「簡単に言えないけど、彼らの仕事はお金の問題じゃないんですね。お金で言えば、僕たちの仕事はCMが一番いい。一応大学の商学部出てますから、効率的に稼ぐ方がいいことは分かる。日本人は戦後、効率を求めて走ってきた。でも今、気づき始めたのではないですか。お金がなくちゃ暮らせないが、お金より大切なものがあることを」

■生きていくことは、何と切ないのか

 ――昨年、大震災が起きて、日本人の人生観はまた変わったのでしょうか。

 「中学生で敗戦を体験しました。『日本が負けることがあるのか』と思った。人生には思いもかけないことが起こる。震災もそう。生きていくとは、何と切ないのか。大滝さんの『久しぶりにきれいな海を見た』ですよ。生きていなければその風景を見ることが出来ない。この言葉の中にすべてが入っている」

■役は必ず好きに

 ――苦しくても生きていかないといけない。

 「74年でしたか、『ザ・ヤクザ』という米国映画に出た時のことです。僕が演じた男は出征して、岸恵子さん演じる妻に戦死の報が入る。妻と娘は戦後、ロバート・ミッチャムさん演じる米国人の世話になる。ところがそこに僕が復員してくる。脚本では、岸さんとミッチャムさんの間にも子供がいる設定でした。これが僕には受け入れられなかった。当時は生意気でしたから。じゃあ役を降りる、と」

 ――何が嫌でした?

 「女房が他の男に世話になって子供までいる。そんな情けない役を演じたら、映画俳優として商売が出来なくなると思いました。結局、僕が主張を通しましたが、今の年齢になって考えると、子供がいる設定の方が陰影があって、人生の悲しみが出たでしょうね。戦争はこんな悲しいことを引き起こすんだと。今初めて素直に話しますが、その時は正しいと思っても、後で考えると浅はかだったということがあるんです」

 ――観客にどう映るかということは俳優にとって大事なことですよね。

 「もちろん。そこだけでお金をもらってますから。僕は自分の役は必ず好きになりますよ。好きにならないと出来ない」

 ――男がほれる男優がいなくなりましたね。

 「時代の変化でしょうかね。嗜好(しこう)も変わっているんでしょう。『オカマ』って昔は表に出ない職業だったけど、今はむしろ積極的に表に出している。僕も女のうわさがないので、『オカマ』だなんてよく言われましたけどね(笑い)」

 ――政治家にも男がほれる人物がいなくなった。

 「そうですね。俳優が政治の話をすると、とんでもないと言われそうだけど、国会中継なんか見ているとね、よくあれで議員が務まるなと思いますね。『恥ずかしい』がなくなってしまったのかな。『恥ずかしい』を言っていると、飯が食えなくなりますからね」

 ――こんな人間になりたいと観客が憧れるような役をまだまだ演じて下さい。

 「それは監督に言って下さい(笑い)。降旗監督と仕事をしている間は、世の中のためになる映画をやってると思いますよ。でも、他の監督の時は危ないよ」(聞き手・石飛徳樹)

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