同志社大学新入生歓迎講演会② ~講演者:宮本慎也さん~

  • ジョン
    2014年04月16日 00:56 visibility509

①はこちら→http://labola.jp/diary/333795011


本編です。こういう話をまとめるのは非常に苦手なので、適当に要点をまとめます。

宮本氏は黒縁のメガネをかけ、ネクタイは同志社カラーの紫のものをしてました。重要な場面では、紫色の入っているネクタイをするようにしているそうです。


幼少期は両親とのエピソードです。

宮本家の家訓である「人様に迷惑をかけるな」という言葉を軸に話を展開されました。

世間でイメージそのままの大阪のオカンと、剽軽で、特に口うるさいことは言わない野球クラブチームの監督である父親を両親から生まれたとのこと。


ep1:母親は非常に厳しかったという話より。宮本少年が小学生だった時のこと。母親と二人で薬局へ行ったところ、宮本少年は気に入ったオモチャが歯磨き粉の横にオマケとしてついているのを発見。そこで盗みをはたらき、自宅に帰って母親にバレたところ、玄関の下駄箱の横で、バットで殴られたという話。後にそこまでした理由を聞いたところ、「そこで甘やかしたら、またこの子は同じことをするだろう」という理由だったそうな。


ep2:これも母親の話。父親が監督をしていた野球チームの投手を務めていた宮本少年は、大会の準決勝と決勝が行われる日に39.5度の熱を出してしまう。母親は「この子は今日、試合に出ないといけないですから、熱を下げてください」と医者に頼み込む。医者は「夏のこんな暑い日に出たら、死ぬかもしれませんよ。」と母親を止めた。そこで宮本少年は幼心から「これで試合に出れなくても済む」と安心したそう。そこで、母親の発した言葉に耳を疑う。

「この子は野球で死ぬなら本望です。」

結局、解熱剤を打たれ、熱は下がり、試合も勝ち進んで見事優勝。そこから数日間寝込みましたが、そこでは母親がしっかり看病してくれたそうです。後にも先にも、優しかったのはその時だけだったとか。


ep3:これは父親の話。普段は温厚で、何も言わない父親でしたが、1回だけ怒られた経験があった。お祭りに出かける際、「9時に帰る」と言いながらも、そんな約束はすっかり忘れてしまい、結局0時前に帰宅。玄関入った瞬間、父親から張り手を食らい、一言。

「男は一度口にしたことは、絶対守れ。」

この言葉を受けて、トイレで考えさせられたそうです。半分は、「これからは、守れそうもないこことは口にしないようにしよう」と考えていたとか。



PL時代、同大時代と続きますが、また続きは明日の暇な時に書きます。

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