福島FC
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orange fantasia
2009年10月14日 09:50 visibility808
天皇杯の季節になると、必ず思い出す試合があります。
エスパルスはこれまで、2つのチームの最後の対戦相手になっています。
横浜フリューゲルスと、その前年の天皇杯で対戦した福島FCです。
1997年、エスパルスは経営危機に陥りました。
運営会社が債務超過となり、チームが消滅するかもしれない状態。
サポーターは署名や募金活動をし、幸いなことに地元企業を引き受け先に
新会社を設立し、なんとかチームを存続することができました。
同じ年、同じような状況の中で、残念ながらチームを解散することになったのが
当時JFLに所属していた福島FC。
これは、日本でプロクラブが解散した初めてのケースでした。
前年の天皇杯ではジュビロ磐田を破ったこともあり、最後の天皇杯でも
1・2回戦を突破、3回戦でエスパルスと対戦しました。
試合は3-0。お互いに全力を尽くしてプレーをした結果です。
試合終了後、エスパルスサポーターから福島FCコールがおきます。
たまたま結果は違ったけれど、同じ境遇に置かれたもの同士
決して他人事ではありませんでしたから。
敗戦と、同時にチーム解散という2つの大きなショックを受けていながら
福島FCのサポーターも、コールを返してくれました。
福島FCの最後の相手に、同じような立場にたったエスパルスが「選ばれた」のは
もしサッカーの神様がいるんだとしたら、その神様の意思なんだろう。
そしたらエスパルスは、福島FCを愛した人たちから「最後の相手がエスパルスでよかった」
と思われるようなサッカーをするチームでいなければならない。
日本平でのエールの交換を見ながら、そんなことを感じていました。
翌年の横浜フリューゲルスのときは、所属していたカテゴリーの違いからか
メディアの扱いも全然違い、決勝戦ではまさに「日本中が敵」の状態。
「お前ら、空気読め」っぽい雰囲気が、国立競技場だけじゃなく
そこら中に充満していました。
ご存知の通りエスパルスは破れ、準優勝。しかし、フリューゲルスの代わりに
アジアカップウイナーズカップに出場します。そして、優勝。
エスパルスが勝ち続ける限り「優勝した横浜フリューゲルスの代わりに出場」と
フリューゲルスの名前が出続けることになる。フリューゲルスから引き継いだものは
久保山由清だけではなかったように思います。
フリューゲルスが消滅後、サポーターの有志が新たに横浜FCというチームを
立ち上げました。その際に、前年度に清水サポーターが経験したことが
さまざまな形で生かされています。
福島FCとの試合で感じた気持ちと、当時いただいた、できたばかりの横浜FCのステッカー。
天皇杯の季節になると必ず思い出す、決して忘れてはいけない気持ちと
大切な宝物です。
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- 事務局に通報しました。
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