3月10日。。東京大空襲の日。。

  • ms..
    2011年03月10日 21:53 visibility83

去年は、おばあちゃんが、市原の家の高台からみた、昭和20年3月10日の光景を


書きましたが。。


 


おばあちゃん家の応接間にある。。引き出しの下にあった写真。。


 


ある日の、亡くなったおじいちゃんの写真でした。。!


おじいちゃんは、戦争で亡くなったんではないんですが。。


 


海軍伍長で、霞ヶ浦海軍航空隊(茨城)。。配属で、昭和20年8月の事です。。


 


日本は、戦争敗色濃厚で、太平洋上からは、連日。。アメリカ軍の艦隊が、


関東、東北地方に、


空母艦載機で機銃掃射の機会を狙っています。。!


 


「畑を耕してる。。おじいさんに、米艦載機の機銃掃射で、尊い命を落としたり。。


上空に敵機がいれば、死んだようにじっとして、気付かれないようにしなければ


なりません。。!」


 


そのような、辛い頃の事です。。


 


おじいさんは、基地上空に敵機来週の「警戒警報」のサイレンが鳴っているのを


知っていました。。!


 


次第に、敵機攻撃の「空襲警報」のサイレンに変わり、兵隊さん達も、防空壕へ。。


 


その時、一緒に防空壕で、敵機の攻撃をじっと耐えている友人がいました。。


 


ある時、友人が、「敵機の攻撃ってどんなんだろ。。?」と。。


見てみたい。。ちょっとだけ。。


 


おじいさんは、「絶対に危ないから行くな。。!」と。。大声で。。!


 


でも、友人は、「大丈夫だって。。!ちょっとだけだし。。!」


 


そう言って、何度も止めたが、友人は、興味本位で、外に手た。。!


 


「お~い!!止めろって。。!!」何度も叫んだ。。!


 


その時。。上空から、米艦載機の1機が、急降下で機銃を撃ってくる。。


 


興味本位で見てた友人は、瞬く間もなく、機銃掃射の餌食に。。!


 


助けに行った時は、すでに撃たれて血だらけで。。戦死。。


この方は、将来の夢、希望の豊富な方だった。。と、


 


「何で。。!」。。「何で。。!」と。。


 


悲しかった。。目の前で、友人が撃たれた事実を目の当たりにして。。


 


悲しい記憶を、頑張って、孫の私に話してくれた記憶が今でも、記憶に残ります。。


 


「平和。。」とは。。


 


こういう事は、末永く風化して欲しくないですね。。!


 


昔は、こういう事があったという事を。。語り継がなくては。。


 


ねェ~「おじいさん。。」。。見守っててね。。!!と。。


 


 


 


 

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