水永翔馬選手

昨日、感慨深く長崎戦を観戦していたのは僕だけだっただろうか。


佐藤洸一選手。
勿論そうだろう。

ただ、僕はもう一人注目した。

水永翔馬選手。

僕は忘れていない。

彼の意地の一点。

2006年JFL入替戦は水永翔馬選手所属のホンダロック対FC岐阜。
ホンダロックは第一戦をホームの宮崎で0-4で敗戦。
続く第二戦で当時のFC岐阜から大量得点を取らないといけない。
その当時FC岐阜は殆どがJ経験選手であり、
ホンダロックにとっては難しい試合と予想された。

前半に片桐が先制。
後半に入っても片桐、小島と得点。
4点目は引退を決めていた伊藤がPKを決める。
ところが全く諦めた様子もない選手が居た。

ホンダロック背番号10
同じく背番号14

慌てて選手名を検索。
#10水永翔馬
#14池田竜市
右サイドをえぐる14番からのクロスに
僕は何度もその対空時間の長いヘディングに魅せられていた。

そしてついに後半終了間際。
水永選手が一矢報いた。
この一点を
僕は忘れていない。

またJFLにホンダロックが帰って来れるように
岐阜から応援していた。

昨日のスカパーでは
彼を「地域リーグを知る選手です」とだけ紹介されていた。
その原因を作ったのがFC岐阜だった。
悔しかっただろう事は安易に想像出来た。

長崎ホームページの選手自己紹介にもある。
「サッカー人生で一番悔しかった事、九州リーグ降格」


九州地域リーグも経験しJFLホンダロックからJリーガーへ。

長崎移籍のニュースを聞き
再び岐阜と戦う水永翔馬選手を見たくて楽しみにしていた。
彼を感慨深く見ていたのは僕だけだろうか。

家族の事情だったかでホンダロックの監督を退任した池田竜市は
観ていただろうか。

そして
いつか見れるだろうか。
J1の選手としての水永翔馬を。











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