長松丸光忠の青春�

 野球は国の誇り、郷土の愛を背負って家中の志士が闘うもの。だのになぜ、将軍家はこんなにも外様からの補強に走るのか。
 光忠は、手っ取り早くスカウト業務にあたっている使番に答えを訊こうと思った。「申し訳ござりませぬ。使番の酒井様、只今は琉球を探っておられるよしにございまする。呼び鈴を鳴らしましたので、後ほどお電話いただけましょう」
 呼び鈴とは、市中でポケットベルと呼称されている無線呼び出しのことである。
「琉球!?」
 そんなに遠くまで補強のための食指が伸びているとは。その貪欲さに光忠は目を丸くする。
「それは誰の指示で行って居るのじゃ?」
 少なくとも自分ではない。父か? 久松か?
「はて、御指示……。おそらくは酒井様御自身でご計画なされて、と存じまするが」
「では、そもそも酒井に引き抜きの仕事を任せたのは誰であろうか? 父上か?」
 職員は「自分の預かり知らぬ雲の上の話」と答えた。
 それはそうだ。久松に訊いた方がよい。

 「御指示ある前に先回りして動くのが優秀な家臣にございまする。我らは力を合わせて最強の軍団を作り上げ、御前に用意するのが務め。代々の使番が旗本や譜代、外様と観察偵察して廻るうち工夫されてきた知恵にございましょう」
「ふむ? 引き抜きは知恵、と申すか?」
 久松の答えに光忠は問いを重ねた。
「左様。将軍家が戦に勝ち、栄光を保つための、家臣が知恵にございまする」
 ゆえにこそ、使番主導で若年寄へ、若年寄から勝手掛老中へと提案され、移籍金などの補強費用も出るに至ったのであろうという。
「勝つための知恵……」
 そうして得た勝利とは何なのか。
 テストで即席の旗本を召抱えて闘う意味。
 外部からかき集めた戦力で勝利することの価値とは何か。

 光忠の謎かけが堂々巡りする中、事件は起きた。

 山賀の鉄具足によって、正木が負傷したのである。徳川軍における小野派一刀流と大和柳生新陰流の対立は、いよいよ抜き差しならない状況に陥った。

(つづく)

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