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生きてこそ�
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ヒデ
2007年05月02日 12:52 visibility101
妻は3人兄弟である。妻、妹、弟の順番で、妹は東京に、弟は今年の4月から地元で新社会人として働き始めたばかりである。弟は20分もすれば到着するが、妹に関しては連絡はついてこっちへ向かうとのことだが、早くて2時間はかかるだろう。お祖母さんにも連絡が取れ、弟(叔父)とともに至急向かうといっていた。思いつくかぎりのところへ連絡した。皆がくる間の妻、義理母、私の3人で待っている時間がつらかった。泣きながら妻と義理母は必死に話しかける。「お父さんなにやっているの」「目を覚ましてよ」「ふざけてないでよ」と義理父にしがみつきながら。何かのドラマで聞いたことがある台詞のような言葉が現実に病室に響いている。私は現実から逃避するという体験をこの時初めてしたかもしれない。目に映っている光景をまるで他人事のように見ており、寝ぼけているような現実感のない世界にいた気がする。
ただこの時くらいから皆、最悪の覚悟を意識し始めたかと思う。
まず弟が病院に到着した。駆け足で病室にとびこんでくると、叫びのような声で義理父に呼びかけた。涙が止まらないようだ。誰だって自分の親の死にそうな姿などは見たくないだろう。しかもこんな突然に。ただ今の義理父の姿は、医師の説明を聞かなくても危篤状態であることがわかりすぎるほどの説得力があったのであろう。義理弟はすでに覚悟ができているようであった。
次々と連絡をとった人が病室に集まりはじめた。見ていて一番つらかったのはやはり、お祖母さん(義理父の母)がきた時で、わが子の変わり果てた姿を見るなりに泣き崩れてしまった。わが子が先に逝ってしまう悲しみにたえられないようだ。しかし、その後は毅然としていた。
20人くらいはいたのであろうか。病室内では入りきらないので、仮眠所で休む人も多くいた。ほぼ皆無言のまま、妻や母は義理父の手をずっと握って声をかけつづけていた。おそらくもう判別もつかない状態であったかとおもうが、妻や義理母が話しかけると目でおったり、手を強く握ると握り返していた。特にこの二人への反応は強く、二人への義理父の思い入れの強さが伝わってきた。この頃になると私も涙をこらえることができなくなってきた。
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