
J1昇格への道 森岡隆三編
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リオネル
2007年12月29日 21:20 visibility209

昇格後このコーナーをやりますとアナウンスしてから、随分たっちゃいました。
何だか変に気を使ってしまっていたと言いますかサンガネタばかりもな・・・・って
でもサンガを伝えることが使命でもあると思ってますので、時間がたっちゃいましたけど興味ある方はお付き合い下さい!(何回シリーズになるか分かりませんけどネタがある限り・・・)
第1弾として森岡隆三選手を取り上げます。
昇格この人の存在も欠かせませんでした。先ずは毎日新聞に掲載された隆さんの記事からどうぞ。
ほえていた。
体の中から衝動がこみ上げていた。跳ねて、走って、抱きついた。
広島と戦ったJ1・J2入れ替え戦第2戦(8日)で、J1復帰を決めた瞬間だ。
気がつけば、涙が出ていた。うれしくて涙を流すのは、長いサッカー人生で初めてだった。
苦しいシーズンだった。今年はけがもあって、チームの力になれない歯がゆさがあった。 先発に復帰したのは、リーグ戦が残り10試合になってから。湘南、福岡、セ大阪戦と3試合連続で終了間際に追いつかれ、 合わせて勝ち点6を失った時は相当、きつかった。 0−0で引き分けた入れ替え戦の第2戦は、残り15分からが長かった。 ホームの第1戦を2−1で制したとはいえ、終盤にアウェーゴールを許していた。 0−1で第2戦を落とすと、逆に広島が残留という予断の許さない状況だった。
本当は後半30分の時点で、競技場の時計を見るのを止めようと思った。 見ると、余計なことを考えてしまうからだ。監督からは、心のブレを戒められていた。
ただ、そう言っても、見てしまうのが人間。100回ぐらいは、時計を見たかもしれない。
だが、最後のロスタイムの4分間は、不思議と短く感じた。ロスタイムに入れば、時計が止まり、 あと何分残っているかは分からない。主審が手を上げるのを待つだけだ。自然と集中できた。
今まで終了間際の失点に何度も泣かされた分、今シーズン本当に苦しい思いをしてきた分、 最後の広島戦でチームが成長できたのかもしれない。
このJ1昇格を成し遂げることができたのは、みんなの思いが一つになったからこそと思う。 DFの中谷勇介は試合日直前にお母さんを亡くしたにも関わらず、強い気持ちで戦ってくれた。(※入替え戦2戦目当日京都ではご母様の葬式でした)
ベンチの選手、今季限りでチームを去ることが決まっている選手も含め、スタッフ、フロント、 そして多くのサポーターら、京都サンガに関わるすべての人の思いを強く感じたからこそ、 涙がこみ上げてきたのだろう。 サッカーはチームスポーツである。そう改めて感じた。来シーズン、京都サンガはJ1の舞台で戦う。 躍進のカギは、「チーム一丸」である
※はリオネル注釈
2007年12月14日2007年12月14日(金)毎日新聞夕刊に掲載
ワールドカップ出場経験を持つ選手がJ2の舞台で熱い試合をしてくれました!
正直京都入りが決まった時、お高くとまって、とっつき難い選手だろうな〜って思ってました。
が、しかし、夏の暑い時期に練習後に黙々とファンサする森岡選手を見て、怪我をして黙々とリハビリしながらの別メニューをこなす真面目な姿に感動してました。
怪我の状態を聞いた時も、僕みたいなこんな端くれの一サポーターへも丁寧に応えてくれました。
とても立派な方だと、その思いは尊敬に代わってました。
そんな森岡選手。リーグ最終戦、その前の試合で仙台に勝って3位は確定していたのですが、最後はし勝利して気持ちよく入替え戦に望みたかったはず・・・・
がよもやの試合終了前に同点に追いつかれてしまいました。相手は湘南です。(ホームで湘南は負けない記録継続中です。)
その湘南戦、前半にPKを得たサンガ。先制していたので追加点で前半で勝負を決めたかった 。
キッカーは森岡。 低めのボールは右隅を狙っていたがGKに読まれセーブされる・・・・
後に森岡はプロになって初めてPK外したと言っていた。
あの森岡でさえ緊張するのか?ってその時おもいましたが・・・・
そんなこんなもあっての昇格の涙だったわけです!!
VTRで昇格決定シーンを見ましたがカメラは森岡の勇士を抜いていました!
画面を通して「やったー!かったー!」と叫んでいるのが口の動きで分かりました。
森岡選手にとっても大きな大きな意味のある昇格だったのです。。。
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