「地獄の伊東キャンプ-1979年の伝道師たち-」（鈴木利宗著，大修館書店）について

　面白かったです．買ってすぐに読み終えてしまいました．

　

　ちょっとだけ背景説明します．1965年～1973年に巨人はV9（9年連続リーグ優勝＆日本シリーズ優勝）を成し遂げたものの，川上監督から長嶋監督になった1975年に巨人は最下位になりました．トレードによって外から張本・加藤初といった選手をとり，王選手の活躍もあって1976-1977年とセリーグでは優勝したものの，1978年は3位，1979年は5位と，V９戦士の衰えや離脱と共に成績は下降気味になっていました．危機感を抱いた長嶋監督は，秋季練習の発想すらない当時において，18人の若手選手（江川・西本・角・中畑・篠塚・松本といったメンバー）を選んで伊東市の山奥のグランドと宿舎で1979年10月末から1ヶ月間の猛練習をおこなったのです．これが，「地獄の伊東キャンプ」．

　一人一人の選手に個別にインタビューをしているのがいいです．それぞれの思いが違う．

江川

　「とにかくね，夜，目をつぶった瞬間，朝になる．それが恐くてね・・・」

　「1日（午前中に）300-400（球）は投げていたと思うんです．でも，僕の意識としては，「そこでどれだけ抜けるか（手を抜くか）」なんですよ．というのは，午前中で目一杯やってしまったら，午後（筋力トレーニングと陸上トレーニング）は到底もたないんです・・・」

西本

「聞けば，若手だけを集めて徹底的にしごくんだと．僕はそれを聞いて，嬉しくてうれしくてしょうがなかったんです・・・」

（江川が手を抜いていた投げ込みで）「抜いちゃったら俺じゃない．」

「ここを頑張れば，江川さんを抜けるかもしれない．抜けるのか，ぬけるよ！こう言い聞かせれば，辛いことがうれしいことになってくる・・・」

＊まあ，ここだけ読んでも江川と西本は「ライバル」ではなかったことがわかりますね．通常，ライバルというのは相手を自分と同格と認めていることでしょ．江川は西本なんて問題にしていない．自分のことだけ考えている．西本は，江川を目標としている．抜かすことだけを考えている．江川が西本のことを「ライバルだ」と口にしたとしても，それはリップサービスだと思いますね．

この伊東キャンプでスイッチヒッターおよび外野手に挑戦した松本匡．

（左肩の脱臼癖→手術から内野手としては無理で解雇を覚悟していた）

長嶋さんに，左で打つだけでなく，（内野安打狙いの）内野ゴロを打つことを強要され「いいか，マツ．バットを縦に振れ！」と言われ，ティーバッティングでは，「ワンバウンドさせてネットに入れろ」と要求され，1日千回以上振ってもバットに当たらない，外野練習ではフライがとれない．ついに，松本は外野での守備練習中に，突っ伏して泣いてしまったらしい．そこに長嶋さんが来て「どうした，マツ．ケガか大丈夫か・・」と言葉をかけた後，松本が泣き続けているのを見て，「いいなあ，マツ，「涙汗」か・・」と言ったとのこと．そこで，松本は，伊東キャンプに来てはじめて心が安らいだとのこと・・・・．

　いやー松本のインタビューの所は，藤村や松本哲に是非読んでほしい．

インタビューされた8人の中には，二宮や中井といった，伊東キャンプ後も光の当たらなかった選手も入っていてその話もいい．伊東キャンプが，彼らの野球選手以外の人生の所でよりどころになっていることがわかる．

最後に長嶋さんのインタビューもある．

　読んでいて思ったのは，長嶋さんという強烈なキャラクターと，V９後の低迷への予感におびえる巨人と，V9後の巨人の主役を夢見る若手選手の３つが重なった奇跡が伊東キャンプなのだということだ．泣かした本人が「いいなあ，マツ，「涙汗」か・・」なんて言っているのに気持ちが安らぐなんて，長嶋さん相手以外でありえないでしょう．ついでにいうと，「バットを縦に振れ」といえる指導者もいないだろうし，それに従える選手も今はいないでしょう．

長嶋さんファンは是非読んでほしい．

1980年代の巨人を支えた，江川・西本・中畑・篠塚・松本匡といった選手が好きなファンもよんでほしい．

江川VS西本に興味のあるひとも読んでほしい．

アンチ巨人でない野球ファンにも是非読んでほしいと思った．

おまけ

・第１次長嶋監督時代（1975-1980年）の後半で，若手選手を本気で育成しようとしていたのも，第2次長嶋監督時代（1993-2001年）で，他球団の主力選手をほしがったのも，どっちも長嶋さんです．周囲から見ると矛盾に見えるが，本人の中では矛盾ではないのだろうな．