野球で起こった悲しい事故~その後の取り組み "MIKITO AED PROJECT"































 


2006年、野球の試合前に急に倒れ、還らぬ人となった少年がいました。


水島樹人君‥彼は、イチロー選手に憧れ、将来はプロになるのが夢でした。
少年の死後「地元にもプロ野球チームがあればいいのに…」とよく言っていた彼のことを『BCリーグ(群馬県、新潟県、長野県、富山県、石川県、福井県の6県6球団による独立リーグ)http://www.bc-l.jp/』は知り、樹人君のような夢半ばで亡くなる人を減らすため、リーグ設立時から"MIKITO AED PROJECT"を推進し、「AED普及」を図っています。


 


 


このプロジェクトは、BCリーグの公式戦会場で「ミキトブレス」というリストバンドなどを販売し、その収益金でリーグに所属する6県へAEDを寄贈するというプロジェクトです。


 


 


 


プロジェクトが行われるきっかけとなった水島樹人君の事故概要は、以下の通りです。


 


 


2006年7月9日、新潟県糸魚川市で野球の試合前に少年たちが練習をしていました。その時「水島樹人(みきと)君」が突然倒れ、そのまま亡くなってしまいました。

死因は、急性心不全でした。




彼には二つの夢がありました。一つは「プロ野球選手になりたい」、もう一つは「地元新潟にプロ野球チームが欲しい」というものでした。


 


 



息子さんの急死後、お母さんが呆然としていたある日、一つの新聞記事が目に止まります。それは「北信越地区に野球の独立リーグを立ち上げたい」という村山哲二氏(リーグ代表)の記事でした。




「息子の夢を実現しようとしてくれている人がいる。応援したい‥」、お母さんは樹人君とご自身の想いを書き、村山氏に一枚のハガキを送りました。

 

 

その頃、独立リーグの立ち上げが難航中で、「もうだめかもしれない」と村山氏が諦めかけていたその時…そのハガキは届きました。


 


 



「この少年とお母さんの想いを実現したい」折れそうだった心を奮い立たせ、ようやく北信越BCリーグが出来ました。

 

 

「あの時、樹人君のお母さんの励ましがなければ、リーグを創設することはできなかったかもしれない」、これは「あの時、野球場にAEDがあれば樹人君は死ななかったかもしれない」という想いからできたのが「MIKITO AED PROJECT」です。




以前BCリーグ選手名鑑に、樹人君のお母さんの言葉が寄せられています。


タイトルは「夢の続き」です。一部ですが抜粋します。


 


 


 


【夢の続き】


 


命はたったひとつ
今を一生懸命生きる
仲間の大切さ、家族の大切さ
絶対に後悔したくない


そして野球は楽しいということ
一人じゃできないんだよね
みんなに支えてもらって頑張れる
これからも夢の続きを…
(後略)

 



もしこの日記を見たみなさんがBCリーグを観戦されるならば、「ミキトブレス」の購入を考えてみてはどうか?と思います。




























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