草サッカーの話


いや〜びっくりしました。嫁さんとサッカーのニュースを観ていて、バレーが得点したシーンに嫁さんが“この人誰やっけ?ウィル?”ととんでもないことを言いました。Jリーグの外人どころか、世界の一流プレイヤーの名前さえ、覚える事のない嫁さんが、ウィルを?!理由を尋ねると“インパクトが強烈で、札幌とか横浜にもおったよね?”・・・つくづく驚かされます。所属チームまで・・・ついさっきのプレーも覚えてない嫁さんが・・・?

と今日書きたいことはそんな事ではなく。昨日、仕事終わりに現在所属しているレディーゴーというチームの代表と飲みに行きました。チームの運営のことから、チームの歴史、そしてNO−MARKの運営をがんばれって事、大人な雰囲気の創作お好み焼き屋とショットバーで4時間ほど語りました。

そんな中で、世間は狭いなあと痛感する出来事がありました。私が学生時代に所属していた千里FCというチームがありまして、2年弱ほど在籍していました。そこは、在籍選手にオーパスという、大阪市のグラウンド抽選システムの利用申請をさせ、毎週、大阪市内のグラウンドを確保するという離れ業をもっており、当時の大阪での草サッカー界では運営面に関して完璧に近い物をもっており、それなりに知られた存在でした。
毎週末、社会人のチームから学生のチームまで、2チームから3チームを招し、2試合から3試合をこなしていき、年間で100試合ほどを消化するというたまげたチームです。

レディーゴーの代表もその当時大阪で草サッカーチームに所属しており、そのときのチームの話で盛り上がったときでした、ジョカーレというチームで、立ち上げの為にガストで運営会議を開いたり、ユニフォームがイタリア代表でぴっちぴちだったりと、なかなかうっとおしいチームで・・・と話を進めていたのですがその刹那私の脳裏によぎるものがありました。

そのチームとやったっことある!

ジョカーレの立ち上げ初試合は千里FCの試合でその試合にレディーゴー代表と私は出場していました。かれこれ6年前の話です。その当時のレディー後代表のプレーは今でも鮮明に覚えています。とにかくキックが強く、ハンパなく飛ぶ事や、ヘディングがべらぼうに強い事、そしてなにより、絶対的な威圧感に圧倒されました。

そんなこんなで6年ぶりに再会した私とレディーゴー代表は運営を助け合いながら、明石市リーグを戦っています。奇妙な縁ですよね。草サッカーは普段なら接することの無い人と接し、ボールひとつでつながり、お互いを刺激しあってこそのものと考えますが、今回の件は本当に草サッカーやってるといろんなことがあるなあと思いました。 














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