『岐阜』という国[s229]


FC岐阜の練習を見学してみて思ったんですが

『玉拾い』[s24]

中学1年にサッカー部に入部すると最初にゴール裏に立たされました[s421]

ボランティアって言うか

『素人が怪我されたら危ない』ってのは有るでしょうが

やらせて頂けないものなんでしょうか…[s421]

…ってかやらせて欲しい…[s417]






さて…歴史の講義






そんなFC岐阜のある『岐阜という国』

前回の『鍵』として挙げた『貫く』事が『強さ』につながるという『根拠』の続きです

岐阜にお住まいの僕みたいな『サッカー馬鹿』加え『歴史馬鹿』の方はご存知

『美濃のマムシ』斎藤道三

彼が美濃の国を1代で乗っ取ってしまったと言うのは実は最近見直されています

本当はどうやら道三のお父さんから2代で乗っ取ったという説が有力になって来ました

この『道三』の後を子『義龍(ヨシタツ)』が継ぎ

若くして病死した『義龍』の後を子『龍興(タツオキ)』が継ぐ

信長は道三の娘『濃姫(ノウヒメ)』(他にも呼び名はある)を妻としているので

道三が存命の最中は非常に良好な関係を美濃−尾張の間で築かれていた

信長は道三を親父殿と呼んでいた程だった

ところが道三を子の義龍が殺してしまう

1556年これにブチキレて『美濃』に侵攻し始めた

侵攻し始めたのは良いが

『美濃兵』

これが『強い』

尾張兵なんかがまるで対抗できない

1561年そうこうしているうちに『義龍』が病死

ここから前回記したように7年かかる

これが美濃国民のある意味『貫く』姿勢が見せた

信長にとって苦節の7年となる






これ…皆さん読んでて疲れないですか?

『岐阜という国』[s230]歴史編最終回で簡潔に完結させます[s417]

今日も長々と…お付き合い頂きありがとうございます[s421]















































































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