
『岐阜』という国[s229]
-
-
なかいk
2009年05月29日 20:22 visibility76

FC岐阜の練習を見学してみて思ったんですが
『玉拾い』[s24]
中学1年にサッカー部に入部すると最初にゴール裏に立たされました[s421]
ボランティアって言うか
『素人が怪我されたら危ない』ってのは有るでしょうが
やらせて頂けないものなんでしょうか…[s421]
…ってかやらせて欲しい…[s417]
さて…歴史の講義
そんなFC岐阜のある『岐阜という国』
前回の『鍵』として挙げた『貫く』事が『強さ』につながるという『根拠』の続きです
岐阜にお住まいの僕みたいな『サッカー馬鹿』加え『歴史馬鹿』の方はご存知
『美濃のマムシ』斎藤道三
彼が美濃の国を1代で乗っ取ってしまったと言うのは実は最近見直されています
本当はどうやら道三のお父さんから2代で乗っ取ったという説が有力になって来ました
この『道三』の後を子『義龍(ヨシタツ)』が継ぎ
若くして病死した『義龍』の後を子『龍興(タツオキ)』が継ぐ
信長は道三の娘『濃姫(ノウヒメ)』(他にも呼び名はある)を妻としているので
道三が存命の最中は非常に良好な関係を美濃−尾張の間で築かれていた
信長は道三を親父殿と呼んでいた程だった
ところが道三を子の義龍が殺してしまう
1556年これにブチキレて『美濃』に侵攻し始めた
侵攻し始めたのは良いが
『美濃兵』
これが『強い』
尾張兵なんかがまるで対抗できない
1561年そうこうしているうちに『義龍』が病死
ここから前回記したように7年かかる
これが美濃国民のある意味『貫く』姿勢が見せた
信長にとって苦節の7年となる
これ…皆さん読んでて疲れないですか?
『岐阜という国』[s230]歴史編最終回で簡潔に完結させます[s417]
今日も長々と…お付き合い頂きありがとうございます[s421]
- favorite14 visibility76
- 事務局に通報しました。

chat コメント 件
コメントをもっと見る