フットボール的・私的感情

最善というのは難しい。
うまくいかないのがサッカー。
サッカーは90分と、そこに至るまで・そしてその後のドラマに人生を反映してる。

いち個人も、「私的感情としては」と「でも公的に考えると」という思いに揺れる。
何も公的に考えることも求められていないし、「クラブを考えると」という思いも私的思惑なのだけど。

日曜日の横浜FC戦。0-1の敗北。
ひとつの敗北、42番目の節の、ひとつの戦い。だけど「クラブ的には」大きな敗北。
どうしても勝ちたかったよね、ここにイベントも財も照準を絞ってきたのは来期への投資のはずだから。
誰しもわかっていること。選手もクラブも、サポーターも。だから歯がゆい。

「私的に思うと」名古屋戦と戦われ方が違うんだろうし、リーグ戦の一コマなのだし、
悔しがる気持ちって、9月のトンネルのなかから抜けだした感があるからこそで、
今のレギュラー陣ならとの期待の裏打ちだよねだなんて、ポジ・肯定的。
こんな、クラブ運営に1個人がドギマギできるなんて、本当に手作り感のあるクラブだ!とこれまた(半分やけくそで)プラス思考になってみる。

「J初年だから」「樽募金などしながらのキリキリ経済できたし」
「選手が営業活動?PR活動・ボランティアしながら岐阜の名を売って頑張る一年」
「更衣室もないような練習場でJ1で活躍していた選手が頑張ってくれているんだからね、すごいよねぇ」
と、試合結果にこんな理由を持ち込んではいけないのかも。
事実はひとつ、負けは負け。
でも、「私的感情では」それでも頑張る選手をえこひいき。

ところで、最近友人を連れていくことが多くなって、
ゴール裏の集団の中ではなく、ちょっとずれた芝生に座って観戦している。
そこでわたしと息子が大きな声でチャントをうたい、手拍子でやんややんやと盛り上がっていると
つられて応援してくれる人が増えてきた。
前の席の子どもたちがチャントを覚えてくれ、「ぎ・ふ!」と叫んでくれる。
本当は試合にのめり込みながら応援したいのだが、次男がチョコマカ歩くようになり
ベンチだと怪我が絶えない、そしておともだちと一緒に座っていたい長男を考えると、
ちょっとさみしいが遠巻きに応援。
どんな形でも、自分なりの最善でエールを送れば、それでよし、と思えるようになった。

でも、それでも「私的感情では」本当に勝ってほしかった、この一戦。
今週の「ゴールFC岐阜!」の番組冒頭コールは多分我が家なので
どうせTVにださせていただくなら勝ち試合のメモリアルにしたかったなー、
と貪欲なアサシマな考え。
選手にちょこしり!は順当にいけば15番なのに。キャ!(嬉)
最善への道は遠い。




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