ナゴヤ球場の思い出 その2(後編)
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おとはん
2006年10月19日 17:15 visibility126
あの当時、応援団は内野1塁側に公認の私設応援団、
(74年の優勝パレードで、オープンカーに乗っていたの
で、『公認」なのでしょう)、がいて、外野にはライトの
守備位置の後ろと右中間、そしてレフトスタンドにもいま
した。
1塁内野の応援団は敵地にも遠征するし、ドラゴンズ
が勝っても負けても、ひたすら応援するというスタンス
で、それはそれですごいと思いましたが、
私たちはそこまではできない。
ふがいない試合が続いたりすると、球場には行くが、
応援を止めてみたり、たしか、ヤクルト戦で、
1回表に12点入れられたときは、すぐにみんなで帰り
ましたね。
私たちは、そんなふうにやりたい放題、気ままに
応援を楽しんでいたのです。ライトの守備位置のすぐ
後ろで、笛や太鼓、○○コールで騒いでいたので、
相手チームの右翼手は、さぞかし、うっとうしかった
でしょうね。
そんなある日のことです。ドラゴンズの攻撃中に、
私たちの仲間のだれかが、相手チームの右翼手を
からかったのです。よくあることです。
すると、その選手△△は、後ろこそ振り向きは
しませんでしたが、(さすがに試合中だもんね)、
全身を使って我々に応えてくれたのです。
おとはんが、メガホン(もちろんビールの紙コップの
底を抜いたヤツ)で、「△△!もっと右に寄れー!」と
叫ぶと、本当に数歩右に守備位置を変えたりして・・・
ライトスタンドの私たちは、大喝采でした。
そのあと、その△△が打席に立つと、ライトスタンド
から時ならぬ応援の大歓声が沸き起こり、さらには、
△△コールまで始まったのです。
そうして、その△△が我々の応援!?に応えて、
ライト前にクリーンヒット。ライトスタンドは大盛り上がり、
まるでドラが勝ったみたい! オイ、オイ!
レフトスタンドや内野の観客たちはびっくりしたでしょうね。
なお、この△△は、けっしてふざけた人ではなく、
プレーヤー、そしてマネージャーとして、立派な野球人
ですよ。
30年も昔のことで、もう時効だとは思いますが、
名前は伏せておきましょう。
さて、思い出話はこれくらいにして、いよいよあさって
から、中日ドラゴンズが日本一であることを確認する
シリーズが、始まります。
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- 事務局に通報しました。
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