
長松丸光忠の青春�
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たまぞー
2009年07月09日 14:52 visibility85
江戸は世界一を誇る人口密集地だ。
住むのは開府以来、天下の将軍家を「おらが殿様」と自慢してきた生粋の江戸っ子。旗本、御家人の家系はもとより、故郷で夢破れ、事情を背負って飛び出した浪人者。畑を捨て、独立を目指し、裸一貫で乗り込んで来た若者。天下の台所を利用して一攫千金を狙う商売人。
そして忘れてはならない、大名屋敷に住まう、江戸勤番の外様の侍たち。
江戸は魅力的だ。誘惑が多い。艶やかな女、旨い魚。遊び尽くせぬ、粋で威勢の良い街。住人が十人十色なら、仕事だって何種類もある。
その気になれば金は稼げる。そしてその金さえあれば、何でも買える。土地でも、女でも、身分でも。
身分。そう、江戸城という恰好の就職先が目の前にそびえ立つこの街では、武士の身分すら売買されていた。いわゆる「御家人株」というやつだ。
「俺はよぅ、お前と一緒になるわけにゃいかねぇんだ。お前は大店のお嬢様。こちとらその日暮らしの古着売りさ」
「あたし、お金なら何とかするわ!」
「馬鹿言うない」
「馬鹿でもいいの。あたし、あんたのためなら……」
「お前ってやつは……ありがとよ」
といった具合に機転や商才を持ち合わせ、金で御家人株を手に入れた者は、勘定方に活路を見いだし、出世街道を狙うことも出来る。
だが、そうでない者……。世渡りは下手で、愛想を振りまいて町屋で生きることもままならず、闇雲に腕力を頼って生きる男。
「旦那、今月こそ家賃を払って頂きます。かれこれ半年も無料で下宿されちまいましたけどもね、仏の顔も何とやら、このままじゃ、あたしらまで干上がっちまいますよ」
「……」
「何ですか、怖い顔したって駄目ですよ。知ってるんですからね、日高屋さんとこの用心棒に雇われて、いくらか懐も暖かいんだってこと」
「……。……」
「は? 客を殴ってクビになった? あんたも相当に短気だねぇ全く。呆れますよ! わかりました、もうこうなったら出てって貰うしかありませんね!」
こんな彼らには、選べる道が二つしか残らない。渡世に生きるか、士官を志し、徳川野球軍の試験を受けるか。
こうしてみると徳川野球軍というのは、ヤクザと紙一重の男達を全国から選りすぐって集めたと言えるようだ。
軍団の構成員を整理すると、まずこうしたヤクザまがいの猛者や、わけありの浪人者が大半を占める。
第二に、もちろん三河以来の直参もいる。だがこれらもまた上司に取り入るのが下手で、なかなか役に就けず、やはり剣に頼って出世を目指すしかないと開き直った無骨者ばかり。
そして、第三。
外様大名家から引き抜かれて籍を移した、達人剣士である。
江戸藩邸で働くうちに、
「うーん、華やかで良いなぁ。ずっと江戸に住みたい!」
と、内心で思いはじめた者や、
「膝元がこれだけ栄えると、我が国と違い、俸給の支払いが止まることはないそうな」
と、生活を考慮する者など、事情は様々。徳川幕府の使番は上手にそういう心の隙をついてスカウトした。
無論、黙って脱藩させるわけには行かない。元の家中に移籍金を払うのだ。
金に困っている家中は喜んで家臣を売り手放すが、大名によっては、家中有数の剣士に対して江戸勤番を禁ずるようになった。
か弱き長松丸光忠が率いることになった江戸の徳川軍。
「栄えある天下の最強軍団じゃ」
しかしてその実態は、荒くれ者が多いというだけにとどまらず、「江戸の寄せ集め軍団」などと揶揄されてしまう、複雑な存在なのであった。
(つづく)
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