
#663 サッカーマガジン愛
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垣本右近
2013年11月01日 12:26 visibility9
週刊サッカーマガジンが20年の歴史に終止符と打ちました。
思い起こせば今の僕、そして僕らがあるのは「サッカーマガジンがあったから」と言っても過言ではないかもしれません。
大学時代に出場した菅平で開催されていたサッカーマガジン杯。
当時大学のサークルや本気で草サッカーをやっていた人たちにとって日本最高峰の大会でした。地元田無の同級生たちとその大会に出るべくFC.VENGAと言うチームを結成しました。
今振り返るとこのチームがなかったらサッカーを続けていないかもしれません。
そんなVENGAはサッカーマガジン杯4連覇と言う偉業を成し遂げ、草サッカー界で一躍有名になる。その延長戦上にあるのが今のカフリンガとフエンテ。
中ちゃん、相馬、祐二、完、林、まさ、てる、竜くん、雄期、なり・・・
今やカフリンガは関東1部リーグ、フエンテは東京都1部リーグと試合をすればweb上では写真で掲載される光の当たるところでプレイさせてもらっています。
でも最初は一番下のカテゴリーからスタートだった。
カフリンガは東京都2部リーグからスタート。
1部→関東参入戦→関東2部リーグ→関東1部リーグ。
今考えるとよく勝ちあがってきたなぁ~と思う。
フエンテは東京都4部リーグからスタート。
1部に上がるまでに6年もの時間を費やしました。
今残っているのは林と竜くんくらい。
ホント数多くの選手がカフリンガやフエンテに所属してくれ低迷期を一緒に戦ってくれました。
それもやっぱりあのサッカーマガジン杯があったからこそ。
ナオトと出会ったのがこの大会だった。
ラルフと出会ったのもこの大会だった。
サッカーマガジン杯に出てました!なんて会話が初対面の人もいっぱいいた。
そしてスタッフの人が本当にみな優しかった。
大学・大学卒業したての小僧たちをよく面倒見てくれてた。
酒の席に顔を出してくれたり、当時編集部にいた石倉さん宅に行って鍋もしたなぁ~
そうそうSVOLMEがあるのもあの大会があったからかもしれないねぇ。
SVOLMEの社長である祐二が当時勤めていたアパレル会社で記念にTシャツ作ろうよ!
となったのがきっかけ。
1年目は30枚。
2年目は50枚
3年目は150枚
4年目は250枚
ってな感じでVENGAの連覇ととも毎年増えていった。
安いとは言え菅平で250名のTシャツを裁くってすごいよねぇ。
その2,3年後に祐二は独立してSVOLMEを立ち上げました。
そうそううちにはサッカーマガジンの創刊号があるんです!!
すごくない??
1966年だって。
僕が生まれる11年も前の雑誌。
おじいちゃんがサッカーが好きである時くれたんだ。
めっちゃきれいにして保管してあったので、僕も今大切に保管してあります。
週刊サッカーマガジンがなくなるのってサッカー界にとってホント大きな損失。
もしかしたらスポンサーも少なくなるかもしれない。
選手の露出も少なくなる。
でもそれを僕らの責任でもあるんですよね。
最近サッカーマガジンを買ったのは出張の時か楽しそうな記事の時だけ。
サッカーをやっている人間はサッカーにお金を落とさないといけないんだよね。
雑誌を買う。
スタジアムで試合見る。
ウェアを定期的に購入する。
うちもフットサルコートを運営しているので、昔に比べかなり使用する人が減っています。
サッカー界全体が下向きにならないように考えていかなきゃ。
週刊サッカーマガジン関係者の方々20年間ありがとうございました。
そしてこれからの20年を共に考え支えていける存在になっていきたい!
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- 事務局に通報しました。

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