GIFT〜♪

好評を頂けたようなので、
昨日のブログの小話をそのまま日記に転載(笑)。
既にブログって読んだって方、ダブっちゃってゴメンなさい。
日記書くヒマなく、転用したってウワサも(汗)

共感してもらえるか、感動をしてもらえるか、
温かな、あるいは熱い気持ちになってもらえるのか、
それはともかく。
親への感謝を、書いてみたくて。

ただし、全てがそっくり実話ではありませんのでご注意を(笑)
差し引いて読んで下さい。

小話「お疲れさま」

厳しくて優しい、いい父親だった。
俺が選んだのは父親とは違うサッカーだったけど、とにかくスポーツが大好きで、自分がずっとバスケットでならしてきたこともあり、俺が幼稚園の頃から、一緒になって走り、競いながら鍛えてくれた父親だった。
勉強もしなきゃ駄目だぞ、スポーツは頭も使うんだからって、いつもそう言っていた父親だった。

高校に入って1年生の冬、俺の学校は全国大会に出場した。
ベンチ入りの17人に入れた時、誰より喜んでくれたのはオヤジだった。
けれど、俺が3年生になり主将になった1年間は、チームは一転、どん底だった。
普通の県立高校で、スポーツ特待生など1人も居ない、俺の学校はどちらかと言えば進学校だった。
選手が一気に入れ替われば、チーム力が急激な下降線を辿ることもある。
それが、俺の3年生時代と重なった。
2年生の時には県の国体メンバーに選ばれたけれど、3年生になってからはチーム成績が足りなくて選考対象から外され、個人的にも悔しい思いをさせられた。
チームは県大会のベスト16にも進めない、それほど厳しい状況だった。
そでもオヤジは、試合のたび、会場まで必ず応援に来てくれた。
3年間、変わらずずっと。

受験勉強があるから、俺の高校の運動部は6月での引退も許される。
許されるというより、進学校の3年生は、その道を選ぶ者の方が多い。
俺のチームの同級生も、皆それを選んだ。
監督が、既に翌年以降のチーム作りを睨んでいたせいもあったろう。
1・2年生主体のチーム作りを進める中、3年生のレギュラーは俺だけしかいなかったし、同級の仲間が引退するのも無理はなかった。
俺は、たった一人の3年生として最後の大会を迎えた。

8月、その年は暑い夏だった。
シードなどもらえない俺たちは、正月へ続く県予選大会の1回戦を、真夏の炎天下で迎えることになった。
その日も、オヤジは試合を見にきていた。
麦藁帽子にTシャツを肩までまくりあげ、いつもの場所にオヤジはいた

俺たちは、シュート数40対2で負けた。
スコアは0対1だった。
相手の苦し紛れのクリアボールが、高い放物線を描いて、太陽の光に重なった。
そのボールが、まだ上背の足りない1年生GKの頭上を越えた。
その1点を、俺たちはとうとう返せなかった。

翌日、地方紙のスポーツ欄には俺たちの記事が載っていた。
『高校サッカー予選開幕。
前々年代表校、○○敗れる大波乱。まさかの1回戦敗退』
それが、俺の高校生活最後の試合だった。
大好きで、必死でやってきたサッカーに裏切られたような結末だった。

俺は、夢遊病者のような夏休みを過ごしていた。
そして、夏の終わりにオヤジに言った。
「俺、サッカー辞めるわ。もういい。サッカーで色々なものを犠牲にしたくない。普通の大学生になることにする」
「お前が選ぶことだから、俺はいいよ」
オヤジはそう微笑んでいた。そして続けた。
「でも、お前は本当にそれでいいのか」
「うん、やるだけやった。もう充分だよ」

1年間の浪人生活を送った俺は、国立大学へと進んだ。
家庭教師のバイトをして、授業のノートを友達と分担して、テニスサークルに入って、たまには合コンも行く。
そんな普通のキャンパスライフを過ごしていた。
それは、それなりに楽しかった。楽しい気がしていた。
でも、いつしか俺は考えるようになった。
その「楽しさ」みたいなものはさほど続かず、いつしか物足りなさを感じるようになっている自分に気付いていた。
「普通って、何だろう」
そう考えるようになっていた。

大学1年の1月、俺はサークルをやめて、コンビニの深夜バイトを始めた。
バイトの前には、家の周りを走って体を絞った。
そうして3月の終わり、
「あのさ、今さらカッコ悪いとは思うけど」
オヤジたちに伝えることがあった俺は、夜、家の居間で、オヤジとオフクロを前にそう切り出した。

「腑抜けた浪人時代を過ごして、普通の大学生になってみて、思ったことがあってね。普通って、いったい何なんだろうって。
普通、普通って言っても、何が普通って難しいでしょ。人によって違ったり、時代や国によっても違ったり、価値観によっても違うし。
結論を言うと、俺にとっての普通は、普通って言うか、自然な自分というものは、やっぱりサッカーしている自分なんじゃないか、それが一番自然な自分なんじゃないかって、そう思ったんだ。
だから俺、もう1度サッカーをしたいと思う。
洗濯とか、食事とか、お金とか、迷惑かけることがあると思うけど、もう1回、サッカーがしたいんだ。
自分から勝手に辞めておいて、今さら応援してくれとは言えないけど、バイトして、とりあえずスパイクとかジャージとか買うお金は自分で貯めたから、もう1度サッカー、させてください」
頼むようなことではなかったかもしれないけど、俺はそれをきちんと言いたかった。
また応援してくれることが分かっているから、それを伝えずにはいられなかった。

「お前が選ぶことだから、俺はいいよ」
そう言って、オヤジは続けた。
「好きなら一生懸命やれ。苦しくても頑張れ。文句なしに応援してやる。俺はお前の一番のサポーターだから」
そう言ってオヤジが笑うと、オフクロは、箪笥の引き出しから封筒を持ってきた。
「あなたの溜めたお金は、あなたのために大切にとっておきなさい。走り始めてるから、きっとまたやるんだろうなと思って、お父さんと2人でワクワクしてたのよ。これはお父さんとお母さんから。使ってちょうだい」
オフクロがくれた封筒には、1万円札が5枚、入っていた。

復帰後の最初の練習、ラストのダッシュを終えて、俺は激しく嘔吐した。
それくらい、カラダはなまって苦しかった。
ラクじゃない、けど楽しい。
苦しい、でも苦ではない。
強い体育会ではなかったけど、秋のリーグまでにレギュラーを取って、3年生までに1部にあがって、4年生にはそこでプレーをする。
そんな目標を立て、俺はまた、サッカー漬けの生活に戻っていった。

大学4年、俺は目標とした1部リーグで戦ことができた。
最後のその年、目標より更に1つ上の関東リーグまでチームを引き上げることは出来なかったけれど、得点王とベストイレブンを取ることが出来た。
そして、そんな賞よりもよっぽど大事な気持ちに、サッカーを再開したその3年間で、たくさん気付くことが出来た。

大学最後のリーグ戦も、片道3時間近くかかる会場もあった道のりを、オヤジは毎週毎試合、最初から最後まで欠かさず観にきてくれた。
その最終戦、試合後、オフクロと一緒に観にきたオヤジが、オフクロを連れて帰途につこうとするのが見えた。
試合後の挨拶を終え、チームのミーティングが始まろうと言う時に、俺は両親のその姿に気付いた。
「ちょっとすみません、ちょっと待っててください。すみません」
コーチと仲間に言い残し、俺はオヤジとオフクロのもとに走った。
「おう、いい試合だったな。動きも良かった。やっと最後に、俺のアドバイスを活かしたプレイが出来るようになったみたいだな」
俺に気付いて、茶化して笑いながら、先にそう声をかけたのはオヤジだった。
「すぐミーティングで時間ないから、帰ったらまたきちんと話すけどさ、今まで本当に…」
ヤバいな、泣きそうだなと、そこまで言い出してから俺は、そう思った。
声が詰まってしまいそうで、一番言いたいことまで言えないかもしれないと思った。
けれど、これだけは伝えなければいけない。
「今まで……今までホントに、ありがとうございました」
消えてしまいそうな声になったけど、それでも俺は、何とかそれを言うことが出来た。
「あらあら、立派なご挨拶ができたじゃない。こっちこそ楽しませてもらったわ。ほら、いい年した男の子が、こんなとこで泣かないの」
オフクロがそうからかう言葉以上に、顔を上げた俺の視界は滲んでいた。
オヤジの笑い顔が、ぼやけて見えた。
笑っているオヤジは、何も言わなかった。

卒業後、社員選手としてではあるが、俺はJリーガーになることを選んだ。
大学時代の俺のプレイを目に留めてくれ、スカウティングしてくれたチームがあったからだ。
3年目に試合に出られるようになって、契約を交わし、その年から今年まではプロとして、主力としてプレイすることができた。
もちろん、オヤジは相変わらず観戦に来てくれていた。

今から思えば、もしかしたら俺は、選手として一番伸びる時期を、サッカーから離れて通過してしまったのかもしれない。
けれど、サッカーから離れたあの時間があったからこそ、以後の大学の3年間、そして今日まで、こうして走り続けることが出来たのだろうと思う。

「お前が選ぶことだから、俺はいいよ」
サッカーをあきらめた高3の夏から15年、サッカーに戻ったあの冬の日から13年、俺は33歳になった。

昨年の暮れ、シーズンオフに帰省した時、嫁と息子とオフクロが買い物に出たのを見計らって、俺はオヤジに話しをした。
ここが原点、そう思い、あの時のあの居間で、俺はオヤジに向かい合った。
「俺、来年のシーズンで引退しようと思う」
「そうか」
オヤジは、それしか言わなかった。

ちょっと拍子抜けしたようでもあり、何だか居心地が悪くもあり、オヤジの言葉がそれ以上何もないならばと、俺はソファから立ち上がった。
その時、オヤジが俺に言った。
「お前があの時、同じこの部屋で、サッカーを続けたいと道を選んでくれて、本当に嬉しかったよ。続けて欲しいと、ずっとそう思ってたからな。お疲れさま、本当によく頑張った。お前の試合を母さんと見ることが、何より楽しくて嬉しかった。人生でこれ以上ない楽しみを、ありがとうな」
オヤジは少し、泣いていた。

玄関先で音がして、息子たちが戻ってきた声がした。
俺はオヤジから離れ、玄関へ向かった。
「パパ、ただいまあ! あれえ、パパ泣いてるのお?」
「ケンタ。パパな、いんたいすることにしたよ。リエ、今まで心配と苦労かけたな。母さんも、今まで本当にありがとう」
「ねぇ、じーじぃ。いんたいってなぁーにぃ?」
ケンタが居間へと駆け込んでいく。
「ご苦労様」と、リエとオフクロが俺にそう声をかけてくれた時、
「ママー、大変だよー。じーじもこっちで泣いてるんだよ!」という息子の声がした。

息子には、引退の意味はまだわからない。
涙の意味も、まだわからないだろう。


そんなワケで、今日のブログは【世界基準】です。

よろしかったら、どぞ♪
http://wearecrazy.exblog.jp/
『Road to PK BAR(仮名)』

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