☆10月9日 きょうの戦国歴史ロマンぶら探訪

 

 

 

 

 


天下分け目の合戦で有名な関ヶ原の合戦は、豊臣と徳川がその運命をかけた一大決戦であった。慶長5年9月15日、午前8時頃井伊、松平がまず進出して宇喜多の隊に向って戦端を開いた。これを見た福島の隊は、宇喜多の隊を攻撃した。かくて戦機を得た東軍右翼の諸隊は石田、小西の隊を攻撃、左翼の籐堂・京極の隊も大谷の隊と交戦し、戦はいよいよたけなわとなった。
家康は最初桃配山にあったが、午前11時には、陣場野に進出して全軍を指揮した。
松尾山の小早川秀秋はかねてから家康に反応の約があったので、遂に反旗をひるがえして大谷の隊を突いて来た。
小早川等の反応で大谷の隊が消滅すると形成が逆転した。そして最後に島津惟新は東軍の中央を突破し、伊勢街道への脱出に成功した。
その結果東軍が大勝し、徳川家康は、2世紀半に渡る泰平の世を実現することになった。

関ヶ原の合戦はたった1日で終わったが、合戦に至る過程は政治的な理由が多く、それまでの戦国の歴史と比べると複雑であった。
「戦国武将の夢の跡」を尋ねてみれば、そこには現代の私達に何か語りかけてくれるものがあるかもしれない。





以上です。

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