【当たり前のことを当たり前にやる】

禅宗の教えでは、「玄関」は単なる家の入り口ではなく、仏道への入り口、つまり修行の場への入口を意味します。
そして、その玄関で靴を揃えるという行為は、修行の第一歩を踏み出すための所作として非常に重要だと考えられています。

この教えは、私たちのフットサルにも通じるものがあります。


フットサルは、ボールを蹴る技術を磨くだけでなく、チームワークやコミュニケーション能力を養い、人間として成長する場でもあります。

この文章をご覧のあなたは、チームの練習や試合で、自分の用具をきちんと片付けたり、ピッチや会場を綺麗にしたりしていますか?


これは、禅の教えでいう「靴を揃える」ことに似ています。
一見、当たり前のことのように思えますが、実は、この「当たり前のことを当たり前にやる」ことが、人間としての成熟を計る一つのファクターだと思います。

例えば、練習後に道具を適当な場所に放り投げたり、ゴミをポイ捨てしたりする人がいるとします。
一見すると、些細なことで大した問題ないように思えるかもしれません。
しかし、このような小さなことから、その人の意識や態度が垣間見えます。

「ボールを片付ける」「ゴミを捨てる」という行為は、単なる動作ではなく、チームに対する思いやりや、周囲への配慮の表れです。
これらの小さな行動を積み重ねることで、チーム全体の意識が変わり、より良いチームへと成長していくことができるでしょう。


チームの規範意識は、チームの文化です。
自分だけで完結しないこと、周りを見る・つながると言うことは、そのままフットサルを楽しむことにつながります。
上手い下手に関わらず、この意識が多数に浸透しないと、チームでフットサルを楽しめないでしょう。

また、学校生活においても、「当たり前のことを当たり前にやる」ことの重要性は同じです。
例えば、靴を揃えたり、荷物を整理したり、挨拶をしたりするといった基本的なことが、人間関係を円滑にし、集団生活を円滑に進める上で不可欠です。

しかし、現代社会では、このような「当たり前のこと」が当たり前に行われていないことが多く見られます。
それはなぜでしょうか?

一つには、便利なものが増えすぎたことによって、人々が自分で考えることや行動することが少なくなったことが挙げられます。
何でもかんでもスマホで解決できてしまう時代だからこそ、自分で考え、行動することの大切さを改めて認識する必要があります。

もう一つには、教育の現場で、知識の詰め込みに重点が置かれすぎており、人間としての成長を育むような教育が不足していることが挙げられます。

「当たり前のことを当たり前にやる」ことは、決して簡単なことではありません。
しかし、このことを意識し、実践することで、私たちはより良い人間へと成長することができます。

フットサルを通して、そして日常生活の中で、「当たり前のことを当たり前にやる」という習慣を身につけることで、きっと大きく成長できるはずです。

 

 

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