スポーツ考 6

スポーツの未来


 


積極的なスポーツへの参加は、健康増進は言うまでもなく、特に増加する年配者の社会参加に効果的である。
孤独死、医療費増加など高齢化社会を改善し、生きがいのある社会実現に有効な手段と言える。
また、社会的に隔離されがちな身障者、比較的軽度な傷病を抱える人たちにとっても、心体調改善の手段となろう。


 


他方、草チームにおけるマスコットの製作などは、同人アイテムの製作が安価・容易に製作できる環境が整備されつつある現在において、大きな可能性を秘めている。
チームの宣伝だけではなく、運営費の増加に寄与するかもしれない。
そこを皮切りに、草チーム以上の団体に発展できるかもしれない。


 


ただいずれも、個別の集まりの努力には限界がある。
必要なのは積極的な行政への働きかけである。
どんなにがんばっても、場所がなければスポーツはできない。お上力本願では、何も変わらないのである。
行政を監視し、無駄を省き、それをスポーツへと振り向ける。
スポーツ施設整備、携る者の整備を積極的に働きかける必要がある。


 


そしてそれ以上に必要なのは、意識の改革である。


どんなに施設が整備されても、排他的な意識が支配しては何もならない。
気軽に参加できる環境の整備。器と共に、(頭の)中身の整備こそが喫緊の課題であろう。


 


以上、スポーツ考終わる。


 



後記


 


スポーツとそれを取り巻く環境を考えたとき、意識の問題に突き当たる。
そこには日本の停滞現状の理由もかいまみえる。
当たり前の、今のままを続けても行き詰まることが目に見えている。
維持の高コストによる施設閉鎖。低年齢者減少による人材の不足。
(メンバーの奪い合いの状況を見れば、明らかである)


 


本稿は極端な視点からスポーツを考察してみた。
そういう視点もあるということを書き置くことが重要だと思ったからだ。


もし、現状に行き詰まった方がこれを読んで、何らかのヒント・議論の種になればこれ以上の喜びはない。
それが文章として残す最も重要な意味なのである。

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