戦う姿勢とハート

北京五輪の開会式を見た。
選手の入場は、やはり長い(笑)
でも、演出は見応えアリ、今再放送してますな。

W杯の場合も開会式はあるが、こちらはイベントのみで、
選手が参加するワケではないので、
そういう意味でも、五輪という「祭典」イメージと、
W杯の「決戦」(ともすれば戦争とも形容される激しい戦い)とは、
若干の意味合いが、平均的には異なるのかもしれない。

もちろん、トップアスリートにとっては「戦い」であること、
それは間違いないことであるけれど。

聞けば、参加する204の国と地域の中で、
メダルに絡む国は半数に満たないという。
だからこそ、参加することに本当に意義のある「参戦」もあるのだろう。

で、華燭の開会式の余韻に浸る間もなく、
本当の戦いはもう始まったワケで。

今ほど、日本柔道の男子の先鋒、平岡が初戦敗退を喫した。

五輪の緊張感、プレッシャー、メンタル面もあったろうし、
膝を痛めた肉体的な影響もあったろう。

しかしながら、敗戦は指導を受けてのもの、そのポイントのみである。

そんな負け方、あるだろうか?
考えられない。

野村の分とか、そんなんはどうでも良いこと。
でも、あの戦いで自分が納得できるのだろうか。

技が出ない。
いや、それどころか、戦う気概が見えない。
勝ちたいという気持ちが見えない。
勝ちにいく姿勢が見えない。

参加することに意義のある選手なら、それでも良いだろう。
五輪は凄いところだった。
ハンパないプレッシャーで足が動かなかった。
実力の半分も出せなかったけど、でも良い思い出だ、と。

けれど、そうじゃないよね。

負けた平岡本人が、
そんなことは言われなくとも、悔しさを一番わかっているし、感じているだろう。
でも、だからこそ言わなければならないこともある。

メダルが大切だと言うワケじゃない。
メダルだけが勝者で、他の結果に勝ちがないというワケじゃない。

大事なのは、勝つために何をしてきたか、
何を考え、何を感じ、どれだけ努力をしてきたか、
それが昨日もブログで話した「真実の金メダル」の意味であり、
本当に大切なことだ。

であればこそ、本番の舞台で、それを最大限発揮する意思と姿勢、
そのハートが大事なのだ。

消極的な姿勢で、戦う姿勢が見えぬまま敗れたことは、
負けたこと以上に残念である。

そんなワケで、今日のブログは【なでしこ初戦】と【反町ジャパン初戦】です。
彼ら、彼女たちの二戦目は、戦う気持ちに期待したい。

よろしかったら、どぞ♪
http://wearecrazy.exblog.jp/
『Road to PK BAR(仮名)』

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